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こんなにも正反対の男がいるものだろうか。
 スズランはつくづく思わずにはいられない。
 一人はホオズキだ。ホオズキもアンドリューも、スズランと同じミレという小さな村で生まれた。
 アンドリューは至って穏やかな性格で、父親が狩猟をしていたこともあり、小さな頃から、弓の腕は父親譲りで群を抜いていた。アイゼンハルド騎士団でも弓の腕を大いに発揮しているだろうことは聞くまでもなかった。
 ホオズキはと言えば、父親に似て爽やかな顔に生まれたものの、その中身は爽やかとは全く逆だった。顔はその者の性格を表しているというが、ホオズキに関してだけは違うらしい。何せ、その日最初にスズランの顔を見るなり、喧嘩を売って来るような子供だったからだ。ホオズキは、アンドリューを含む、村の子供達の大将――いわゆるガキ大将というやつだったから、スズランより自分の方が強いということを証明したかったのだろう。何せ、スズランの両親は二人とも〈黒蛇〉で、スズランも、例に漏れず、高い戦闘能力と身体能力を受け継いだのだから。村に生まれたどの子供よりも――いや、もしかすると大人を含む誰よりも、力持ちだったのが気に食わなかったのかもしれない。
 そんなふたりだったから、村の人々は、大人も子供も面白がって、どちらが勝つかの賭けまでしていた。子供達はと言えば、男の子はみなホオズキを応援して、女の子はみなスズランを応援するという盛りあがりようだった。ただ、アンドリューと、スズランの両親だけは、ふたりが喧嘩することが早くなくなるようにと思っていたようで、苦笑しながらも、賭けにも応援にも参加しなかった。この三人だけは、村の中で一番思慮深かったように思う。
 ただ、ほぼ毎日喧嘩するとはいっても、ホオズキとスズランの仲が悪いわけではなかった。村の人々がしきりに首を傾げていたことのひとつで、スズランは別にホオズキが嫌いというわけではなかったし、それはホオズキも同じようだった。というのも、その日最初の喧嘩が終わると――毎回引き分けになった――、二人ともけろりとして、何事もなかったかのように、その日の仕事を協力して終わらせるのが常だった。とはいっても、二人とも食いしん坊だったから、何かしらの宴があると、これまた御馳走の奪い合いで喧嘩することもしょっちゅうだった。
 いくら喧嘩をしても、スズランがホオズキのことを嫌いになれなかったのは、ホオズキがスズランのことを怒らせるのがうまいと同時に、スズランのことを喜ばせるのも、これまた一段とうまい子供だったからだ。村の子供の中には、ホオズキとよく喧嘩をするスズランのことを、生意気だとか可愛くないだとか、とにかく悪口を言ってくるような子供もいた。今思えば、あれは照れ隠しだったのだろうと思うが、まだ小さい子供にそんな言葉の裏まで読み取れるわけがない。そしてそんなふうにスズランに突っかかってきた子供に、ホオズキは拳骨を食らわせて黙らせることが多かった。時には頭突きを食らわせることもあり、途端に泣き出した相手の子供に、悪口を言いたかったら、スズランにいっぺん勝ってみろ、と、言い返したのだった。それを見ていたから、スズランはホオズキのことをたまに憎たらしく思うことはあっても、どうしても嫌いになれなかったのだ。
 そんなホオズキが、親が親戚の仕事の手伝いに呼ばれたために村を出ることになったのは、八年前だった。ホオズキもスズランもアンドリューも、同じ十歳になっていた。アンドリューは素直に寂しがったが、スズランはどちらかというとどこまでも現実主義的だった。
 お別れの挨拶に来たホオズキ一家に、スズラン一家も今までお世話になったことの挨拶を返したときに、「流石に寂しいんじゃないか?」と、スズランの父親に言われたが、それにスズランが返したのは、
「御馳走の分け前が増えるのは嬉しいけど、仕事の振り分け量も増えるのは嬉しくないかな」
 だった。
 それを聞いてむっとしたホオズキが喧嘩をふっかけてきて、スズランもそれを受けたものだから、そのせいでスズランの家の中が少しばかり悲惨なことになったのは言うまでもないだろう。
 ホオズキ一家が村を出ていってから暫くは、流石に物足りない日々を送っていた。村の子供の中には、当然と言うべきか、ホオズキと同じようにスズランの喧嘩相手になれるような子供はいなかったのだ。ただ、アンドリューに対してだけは、彼は弓の腕がずば抜けていたので、スズランは密かに尊敬していた。
 大人になったら会いに行ってみたらどうだ、と、両親に言われたこともあり、それもいいかな、と思い、村の仕事で少しずつお金を貯めていた。まさかそれを、逃亡資金に使うことになろうとは、その数月後までは予想だにしなかった。
 そう、あのくそ憎たらしい親子がやってきたのは、その数月後だった。
 最初は平凡な親子だな、と思った。おそらく、スズランだけでなく、村にいる全員がそう思ったことだろう。何せ、親子揃って、どこからどう見ても、ぱっとしない風貌だったのだ。ただし、羽振りはいいようで、身に包んでいるものはどれも上級そうなものばかりだった。
 村長のところへ挨拶しに行った親子は、その日からすぐにホオズキ一家が住んでいた家で暮らし始めた。村長の話によれば、その親子は裕福な商家で、花の商売が盛んだというアイゼンハルドの評判を聞いて、隣の国からやってきたという。この村に来たのも、アイゼンハルドの中心にある王宮がある街で店を構えるための準備だそうだ。だから暫くしたら、また村を出ていくようだと、親から聞いたと言うアンドリューから聞いた。
 親子が来てから数日は何とも思わなかったし、さほど興味も持たなかったが、水汲みに行った時に、子供の方に顔を見られたようで、三日後から、その子供にしつこくまとわりつかれるようになった。同じ仕事をしていた、アンドリューを含む子供達も、仕事がしづらいと、直接その子供に文句を言ったが、彼女は何も言わないんだからいいじゃないかという、何とも勝手な答えが返ってきた。この彼女というのは、言うまでもなく、スズランのことだった。
 同じ仕事をする子供達に迷惑をかけるからと、村の大人や両親にも説明して、しばらく村の仕事を休ませて貰うことになった。村長にも話し、村長から親子に話してくれることになったが、何をどう勘違いしたのか、親子はよりにもよって、その一週間後にスズランの家に来たのだ。一週間も間が空いたのは、その親子が王宮のある町に店を構える準備に忙しかったからだろう。あるいは、虫唾が走るが、結婚準備も兼ねていたのかもしれない。まだ子供なのにと思うが、あのくそ勘違い親子ならやりそうなことだ。
 そしてあの悪夢が起きた。
 夢ならどれだけよかっただろうと、何度も思う。
 だが夢ではないから、未だにあの夜のことを繰り返し夢に見て、何度も魘される。
 あの悪夢のような夜に、母親に銃を持たされて必死に逃がして貰ったスズランは、それから八年間というもの、ずっとあの親子から逃げ回る日々を送っていた。最初に逃げた先の村では、アンドリューやホオズキと同じように、一人息子のいる家に匿って貰った。優しくて親切な人たちだったが、その家からも出なければならなかった。何をどう調べたのか、その家にもあの親子がまたやって来たからだ。事件は新聞でも大々的に取り上げられたし、警邏も動いていたはずだが、その捜査網をどうかいくぐったのか。いや、もしかすると、警邏の動きを察知したからこそ、素早く行動に移したのかもしれない。
 真偽はともかく、幸いなことに、逃げた先の村は、山の麓にあったから、大きな岩はそこらじゅうに転がっていた。というより、そこらじゅうに岩があるために、その村は逆にそれらの岩を利用して住まいをつくっていたのだ。その親子を見たスズランは、咄嗟に世話になっていた家のすぐそばにあった岩を持ち上げて投げつけた。その隙に家の人々を連れて――スズランを誑かしたんじゃないかと、あの親子に勝手な言いがかりをつけられて、狙われるかもしれなかったからだ――、隣の町まで逃げ、その町で世話になった家の人々に、これでもかと謝って、自分のせいで狙われるかもしれないから、とにかく親戚のところか警邏のところか、安全なところに逃げてくれと言って、それからお礼を言って、そこで別れた。
 それからも同じことの繰り返しだった。逃げる先々でお世話になった人達は、運がいいことに、良心を持った人達ばかりで、彼らの親切に預かれた御蔭で、食べられない心配もなかった。逃げた後には怪我もしていたから、治療を受ける必要があったが、スズランの治療も惜しむことなく受けさせてくれた。だというのに、その先々に、疫病神の如く、あの親子は、いつまでも、どこまでもまとわりついてきた。
 また逃げないといけなくなる度に、スズランは、お世話になった人達を必死に助けて、精一杯謝って、精一杯礼を言った。それでも、きっと彼らは、スズランのことが憎いことだろう。それまで自分達が築き上げてきたものすべてを捨てざるを得なくなったのだから。せめて彼らが、あの親子に目をつけられずに無事でいて欲しいと思う。
 今思えば、あの親子が捜査網を掻い潜り抜けて来られたのは、当時、アイゼンハルドの国王だった、ゴルドイ・アイゼンハルドの贔屓があったのだろう。ゴルドイ・アイゼンハルドは、常に隣国であるティルハ、その国を治める四大貴族の一つ、クラウド家に怯えていた。正確には、死神と呼ばれている、クラウド家の長男でありながら、クラウド家当主ではなく、ティルハ騎士団団長におさまっている、バルト・クラウドという男に。死神と呼ばれるほどの存在がいるのなら、いつかアイゼンハルドもやられてしまうかもしれないと危惧していたのだ。被害妄想も甚だしいと思うが、権力者でなければ一笑に付しておしまいだったろう。国王という権力者であったから、その権力を利用して、ゴルドイ・アイゼンハルドは、密かに武器を買い集めていたのだ。そしてその密売には、あの馬鹿親子も絡んでいた。裕福な商家だというあの親子は、武器の商売で富を手にしていたのだ。そしてその噂を聞きつけたゴルドイ・アイゼンハルドが、わざわざ隣国からあの親子を呼び寄せ、そうして武器を買い付ける代わりに、あの親子の保護に一役買った。だから警邏や騎士団がどれだけ全力を上げても、あの親子は一向に捕まらなかったのだ。
 この逃亡生活はいつまで続くのだろう。
 何度目になるか分からない、新しい町に、新しい火傷をこさえながら向かったスズランは、ふと通りがかった店で、店先にある棚の中にさしこまれた新聞の一面の記事を見て目を疑った。藍花草の商売によって利益を得ていたオズワルド・リウリルが捕まったこと、そしてそれと並ぶように、ゴルドイ・アイゼンハルドが退位を迫られたことが書かれていたからだ。更に、ゴルドイ・アイゼンハルドの娘であるマーラ・アイゼンハルドが父の後を継いで、新しい王になったことも。
 思わずその新聞を手に取り、店台に向かって代金を支払ったところで、店台についていた店主に、それとなくどこかに空いている部屋はないかと聞いてみた。また逃げる羽目になるかもしれないが、少なくとも、前の村から逃げてきたばかりだから、あの親子もすぐには来られないだろう。あの勘違い親子が媚を売っていただろうゴルドイ・アイゼンハルドがいなくなったとなれば、あの親子もおさらばする算段を立てるかもしれないが、だからといってスズランを諦めるとはとても思えない。かなり迷惑な話ではあるが、逃げるならスズランも一緒に連れて行ってあげようと、あの親子なら考えかねないのだ。
 あの親子を保護していたゴルドイ・アイゼンハルドがいなくなったのなら、警邏も騎士団もやっとというか、ようやくというか、晴れてあの親子を捕まえられるだろう。スズランがまたあの親子に見つかるのが早いか、それともあの親子が捕まるのが早いか。あの親子が捕まるまでに、何としても逃げ切りたかった。
 だがスズランのその予想は、初っ端から外れた。
 なぜなら、新聞を買い求めた店の店主が、「空き部屋ならうちにもありますよ。よかったらうちの部屋を使いますか」と提案してくれたのだ。ちょっと躊躇ったが、それならと受けようとしたスズランが自分の名前を名乗ったところで、なぜか、店主は意外なことを聞いたというように、ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、念を押すように尋ねてきた。
「スズランさん? 間違いないですか?」
「ええ。……何か?」
「ああ、いえ、もしあなたが来たら、伝えてくれって言われたんです。それと手紙も預かってまして――ああ、これです」
 言いながら、ごそごそと、客側には見えない店台の内側を探していたかと思うと、店主はひとつの白い封筒を手に持っていた。それをスズランに差し出しながら、伝言を頼むと言われた人物の名前を告げる。
 それを聞いて耳を疑ったスズランに、店主は苦笑と共に、続けて伝言の内容を語った。
「『アイゼンハルド騎士団に来い。おまえの代わりに、俺がそいつの首をとってやるから』と。――物騒なことを仰ると思いましたが……」
 それもアイゼンハルド騎士団の第二師団団長なら仰りそうなことだ、と、店主は苦笑を深めた。
 スズランは驚きのあまりに言葉どころか、声も失った。自分のことを追いかけていたのは、あの馬鹿親子だけではなかったのか。――村を出てからも、自分のことを気にかけていたのか。
 店主から受け取った封筒を開けて、中の手紙を取り出した。手紙も至って単純なもので、封筒の二倍の大きさの紙を半分に折ったものだった。それを広げて見れば、そこには確かに、見覚えのある文字が書かれていた。
『今ならお前に勝てる自信がある。お前の悔しそうな顔を見るのが楽しみだ。ホオズキ』
 思わずその手紙をぐしゃりと握り潰したスズランを責める者は誰もいまい。
「あ……あの……」
 びくりと身を竦ませた店主に、スズランは、少しばかり頬を引き攣らせながらも、なんとか笑みを浮かべた。
「ああ、すみません。有り難うございます。伝言通り、アイゼンハルド騎士団のところに行くことにします」
「そ……そうかい」
 気をつけてな、と、店主に見送られながら、スズランはその足でアイゼンハルド騎士団の詰所に向かった。
 そしてホオズキと再会した。
 スズランがあの馬鹿親子に見つかるのが早いか、それともあの馬鹿親子が捕まるのが早いかというスズランの予想はどちらも外れた。どちらよりも、ホオズキがスズランを見つけるのが早かったからだ。
 アンドリューもスズランのことを捜していたと聞いたが、そのアンドリューよりも、ホオズキは一手先も二手先も打っていたことになる。何せ、スズランが逃げていた町や村に向かっては、スズランの行方を尋ねていたアンドリューとは違い、ホオズキは、爆弾魔が事件を起こしていた町や村――いずれもスズランが身を隠していたところだ――から、スズランが次に逃げるであろう先に先回り、スズランに確かに伝言が渡るようにしたのだから。
 スズランから全てを奪い、それでもなおも追い詰めようとするあの親子――特に馬鹿息子――とは、正反対の男だ。
 だから嫌いになれない。
 アイゼンハルド騎士団の詰所で、詰所にいる全員に事情を話し終えた後、どこかの部屋を借りて休ませて貰おうと思ったスズランだが、そんなスズランに、ホオズキが立ち上がりながら言った。
「俺はこれから見回りなんだが、スズラン、お前も来るか」
「……ちょっと休ませて貰おうと思ったんだけど」
 正直にそう返すと、そうか、と、ホオズキは少し残念そうに息をついた。
「そいつは残念だ。見回りの途中にはうまいものを売ってる店が多いんだがねェ。特にオウメ通りの先にある店じゃあ、肉巻きおにぎりがうめえし、そういや、オウメ通りの反対にあるツツジ通りの真ん中にある店のカツオ焼きも旬だったか。ああ、そういえば、アジサイ通りの向こうにある橋の先に、おいしい林檎飴を売ってる店があるって言ってましたね、ギンさん」
「行く」
 扉のすぐそばにいた、第一師団団長であるギンを見遣りながら、そう言葉を並べ立てたホオズキに、スズランはあっさりと意見を翻した。
 二人のその様子を見たアンドリューを含む騎士達が何とも言えない顔になったのは言うまでもない。
 ああ、これだから、この男は――。
 じゃあ来い、と促すホオズキの後をついていきながら、スズランは思った。
 スズランを怒らせるのもうまいくせに、それと同じくらい、スズランを喜ばせることもすごくうまい。

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あの後、ギルバートはスズランだと名乗る若い女性を、詰所の中で一番広い部屋――会議などによく使う、騎士団全員が入れる大広間だ――に招いていた。騎士団の全員に聞いてほしいというスズランの要望のためだ。大広間とはいっても、万が一の時の市民の避難場所も兼ねているため、椅子はない。会議の時は、地位の高さに関わらず、全員が床に座る。スズランも、ギルバートとアンドリューに挟まれる形で、ちょこんと正座している。
 ただし、騎士団の全員が集まれたわけではない。見回りに行った者もいるし、護衛などで王宮に向かった者もいる。詰所にいる全員を集めるだけ集めたが、事情を知らない者達が多いため、当然ながら、何のために集められたのかと怪訝な顔になっている者が多かった。中には、スズランとホオズキが殺し合いのような喧嘩をしたとは知らないため――玄関で大きな騒ぎがあったことは知っているだろうが――、二人がそれぞれ顔や手に湿布や包帯を巻いていることに不思議がる者もいた。
 スズランができるだけたくさんの人に聞いてほしいという要望を口にした時、アンドリューがこんなに大勢の前で話すこともないんじゃないかと言ったが、話すのは一度で済ませたいというスズランの言葉に、それ以上は何も言えなかった。ホオズキも何も言わなかった。というより、久しぶりに会った幼馴染に勝てなかったのが悔しかっただけなのかもしれない。
「これで詰所にいる奴は全員集まったな?」
「はい」
 ギルバートのその問いかけに、部屋の出入り口である扉の横に立っていたギンが頷いた。よし、とギルバートも頷き、口を開いた。
「急に呼んで悪かったな。みんなに聞いてほしい話があるんで、集まって貰ったんだ。その話はこちらのお嬢さんが持ってきたんで、今からお嬢さんが話すことを聞いてほしい」
 ギルバートの視線を受けて、スズランは小さく顎を引き、それから大広間にいる騎士達に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。わたしはスズランと申します。アンドリューやホオズキと同じ、ミレに生まれた者です。爆弾魔に狙われている者です」
 爆弾魔の名前が出た途端に、大広間の空気が緊迫したものに変わる。爆弾魔のことは、アイゼンハルド騎士団だけでなく、市民の人々も知っている。十年前に現れて以来、まだ捕まっていないことも。その爆弾魔に狙われていると聞けば、いやでもギルバートが朝早くから詰所にいる者達を集めた理由が知れただろう。
 一斉に多くの視線を浴びることになったスズランだが、物怖じすることもなく、冷静に言葉を継いだ。
「爆弾魔が最初に現れた事件は、皆さんもご存知だと思います。わたしやアンドリュー、ホオズキが生まれ育った村――ミレで犠牲になった人達は、わたしの両親です。わたしの目の前で、父と母はばらばらになって死にました」
 息を呑む気配があちらこちらからした。ギルバートも思わず息を呑む。最初に犠牲になったのがスズランの両親だと言うのも凄まじいが、そんな壮絶な事実を、淡々と語る――いや、なるべく感情を抑えようとするスズランの強い理性も凄まじいものだ。
「爆弾魔がわたしの前に現れたのは、わたしの両親が殺される一週間前でした。爆弾魔の父親は裕福な商家で、アイゼンハルドへも、花の商売が盛んだと聞いて、そちらの商売にも手を広げようと思ったそうです。いずれは王宮へも召し抱えられるようになるのだと言っていました。その息子は、迷惑なことに、わたしを気に入ったそうで、父親と共に、わたしの家に来て、わたしと結婚したいと、わたしの親に直談判しました」
 アンドリューが何とも言えない顔でスズランを見遣った。
「そういえば、あいつ、君に随分とまとわりついていたね……」
「そう。だからわたしはその一週間はなるべく外に出ないようにしてたんだけど」
 アンドリューの言葉に、スズランは苦虫を噛み潰したような顔でそう返し、それから何かを堪えるように、一度強く目を閉じた後、再び口を開いた。
「わたしの親は、その申し出を断りました。まだ子供だからと。それに何より、娘には、ちゃんと好きになった相手と幸せになって欲しいと思っているからと。――それに対して、爆弾魔とその父親は、わたしも爆弾魔のことを好きに決まっているのだから、何の問題もないだろうと、そうぬかしやがりました」
 最後の方はやや乱暴な口調になったが、それだけ爆弾魔とその父親に対して怒りを覚えたということだろう。随分と自分達に都合のよい思い込みをするのなら尚更だった。
 何とも言えない顔になる面々の中、スズランは続けた。
「それでも断り続けた両親に、相手の父親とその息子は頭に血が昇ったようで、父親は銃を取り出し、その息子は爆弾を取り出しました。それから先はあまり話したくもありませんし、新聞でも随分と取り上げられましたから、話す必要はないと思います」
 話しながら顔を伏せたスズランに、その時のことを話せと言う者は一人もいなかった。おそらく、この場にいる全員が、爆弾魔の名前が知れるようになった最初の事件のことを思い出しているに違いなかった。
 ミレで最初に起きた事件は、壮絶としか言いようがないものだった。犠牲者は二人だが、その死に様が残酷だと話題になったのだ。何せ、父親は身体中を蜂の巣になるほどに撃たれただけでなく、その後も腹いせのように爆弾を投げられたせいでばらばらになった。母親の方は撃たれなかったものの、やはり爆弾を投げられたせいで、葬式を上げるのも難儀したほど、遺体のかけらを集めるのに苦労したという。
 その死に様を目の前で見た娘の胸中はいかばかりだっただろう。
 だがおかしな点もあった。母親はどういうわけか、父親とは別の場所――父親は一階にある居間で発見されたが、母親は、居間から出た廊下にあった隠れ扉から通じる地下、更にその向こうにある隠し通路に通じる隠れ扉の前で発見されたのだ。彼ら夫婦には一人娘もいたが、遺体は発見されなかった。おそらく母親が必死に逃がしたのだろうと推測されたが、その娘の行方は分からずじまいだった。
 先程とは違う意味の沈黙が落ちる中、しばらく顔を伏せていたスズランだったが、やがて顔を上げて話し始めた。
「母親に逃がして貰ったわたしは、それから、近くの村まで逃げて、そこでしばらく暮らしていました。そのときにわたしも怪我していたので、療養の必要がありましたから。でも、そこにまた、あの親子が来ました。しつこくつきまとい、結婚しようと、何度も言ってきました」
「……立派な付き纏い魔だなァ」
 呆れたようにギンがそう零し、そうです、と、スズランも大きく頷いた。
「ただ、そのときにお世話になっていた人達がいたんですが、その家にはわたしより少し上の息子もいたんです。その息子を好きになったのかって、爆弾魔は勘違いをして、わたしの両親にしたことをしようとしました。幸いなことに、お世話になった家は山の麓にありましたから、大きな岩は幾らでもあった。咄嗟に目についた大きな岩を持ち上げて、爆弾魔に投げつけたんです。その隙にわたしはその家の人達を連れて逃げました」
「ちょ――ちょっと待って」
 そう口を挟んだのはタニアだった。思わずと言うように声を上げたタニアに、何でしょうと、スズランは視線だけで促した。
「大きな岩を持ち上げたって――そんなこと、その小さい身体にできるわけが」
「あるんだなァ、これが」
 素朴な疑問を吐き出したタニアだったが、それを遮る声があった。それまで他の団員たちと同様にスズランの話を黙って聞いていたホオズキだった。ホオズキのその言葉を聞いたアンドリューも、肯定するようにうんうんと頷く。
 もしや、と、ギルバートは、先程のスズランとホオズキの喧嘩を思い出した。あのとき、スズランの目は、何色になっていた?
 タニアが怪訝そうな顔でホオズキを凝視する。
「あるって、どういうことですか、ホオズキ団長」
「気付かなかったのかィ? スズランは〈黒蛇〉だ」
 胡坐をかいた膝の上に肘をついて、頬杖をつきながらのホオズキのその言葉に、タニアは弾かれたようにスズランへと視線を遣った。タニアだけでなく、ホオズキとアンドリュー以外のその場にいる全員の視線がスズランに向けられる。
 〈黒蛇〉は、ティルハを通して向こうにある国で生まれた種族だという。その特徴は何よりも、その高い戦闘能力だろう。生まれつき身体能力が高く、普通の人間よりも強い力を出せる。〈黒蛇〉の特徴はもうひとつある。それは感情が昂った時に、目が赤くなるということだ。
 そうだと、ギルバートもやっと思い出した。先程、玄関でホオズキとスズランが喧嘩をしていた時、その周りに立ち上る土煙と、二人の激しい動きとの二つとで、捉えるのも難しかったが、確かに赤い光を垣間見た。あれは、スズランの感情が昂った証拠――赤い目だったのか。
 スズランが〈黒蛇〉となると、その両親も二人とも、あるいはどちらかが〈黒蛇〉だったのだろう。だから爆弾魔とその父親は強行方法に出たのか。
 スズランが〈黒蛇〉だと聞いて、腑に落ちたことがもう一つある。それは、爆弾魔の最初の事件以来、人の犠牲は出なかったことだ。スズランの身体のあちらこちらにある火傷の痕、あれは、自分が世話になった人達を、爆弾魔から守ろうとした痕ではないか。〈黒蛇〉は戦闘能力だけでなく、治癒能力も優れているというから、大胆ともいえる方法に出たのだろう。
 ただ、タニアは、スズランが〈黒蛇〉だと聞いて、ギルバートとは違う感想を抱いたらしい。スズランを暫く凝視した後、恐ろしいものを見るような目でホオズキを見た。
「そのスズランさんと、毎日喧嘩してたんですか……?」
「ああ」
「ちなみに、勝敗は……?」
「3045回3045引き分け」
 勝敗はと聞かれた答えも、これまた、ホオズキとスズランの声が綺麗に重なった。と同時に、ちょっと嫌そうな顔になった二人が互いを見遣ったが、すぐに視線は外れた。仲が悪いんだかいいんだかわからんな、と、ギルバートは胸の中でこっそり呟いた。
「でもまあ、それで合点がいった。爆弾魔が事件を起こしてたのは、いつも山の近くだったからな。凶器にできるものがわんさかあったことと、山の中に逃げ込めることの二つとで、お前はいつも山の近くの村や町に行ってたんだな」
「そう。いちおう、母親に、わが身を守れるようにって銃を持たされたけど、弾には限りがあるから」
「だろうな。そうやってずっと逃げ回ってたってわけだ。そこで疑問なんだが、どうして殺さなかったんでェ? お前ならひとひねりだろうよ」
 頬杖をついていた手を外して、納得したことをひとつずつ挙げていったホオズキに、スズランも憮然とした表情で頷いていたが、ホオズキの最後の疑問を受けて、これでもかと嫌そうな顔になった。
「……騎士の言うことじゃないと思うけど、ここまで話したものね。正直に言うと、殺してやりたいと思ったことも、何度もあるわ」
「なら」
「一度、山の中にまで追いかけてきたあの野郎に、銃をぶっ放したことがあるのよ。それで何とか、次の町まで逃げられたんだけど、その町で遭った時、あの野郎、なんて言ったと思う?」
「さあ」
「『君が撃ってくれた足の傷は残念ながら、塞がってしまったけど、傷口の中に埋まっていた銃弾は、この通り、大事に首飾りにしているよ。これを見る度に、君の愛を一層深く感じるんだ』って、恍惚し切った顔で言われたわ」
「…………」
 再び沈黙が落ちた。
 心なしか、大広間にいる団員達の顔は蒼くなっており、中には恐怖の表情が浮かんでいる者もいた。
 ふう、と、深い溜め息をついたスズランが遠い目になる。
「あの野郎のことは、好きか嫌いかで言えば嫌いだけど、そこまでされると、もう嫌いを突き抜けたというか……」
「いやあああああ、それ以上は言わないでえええええ!」
「爆弾魔ってそんな恐ろしい奴だったの!?」
 タニアが堪え切れないと言わんばかりに声を上げ、それに倣うように、誰かがそんなことを叫んだ。
 全くもって同感だと、ギルバートも短くなった煙草を、持ち運んでいる灰皿に押し付けて火を消しながら思った。アイゼンハルド騎士団は、警邏と同様に、国を揺るがすような事件を片付けるのが仕事だが、今回の仕事はとんでもなく性質が悪く、とんでもなく面倒そうだった。このお嬢さんもつくづく、とんでもないものを持ち込んでくれたものだ。
 そんなことを思うギルバートの横で、スズランがホオズキを見ながら言った。
「ここまで話せば分かるでしょう? あの野郎は、わたしのすることなすこと、何でも喜ぶ変態なのよ。だからわたしは何もしたくない。殺すことさえもね」
 それからスズランは姿勢を正した。
「だからお願いしたいのよ。あの野郎を捕まえてほしい。できることなら、わたしの代わりに息の根を止めて欲しいとも思ってるわ。わたしも、いい加減に、逃げ回らなくていい生活が欲しいの」

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アイゼンハルドが擁するアイゼンハルド騎士団の詰所、その中にある一室――アイゼンハルド騎士団団長であるギルバート・ミランジェの執務室では、部屋の主であるギルバートが、朝餉を済ませて机についたばかりだった。
 詰所にある食堂で朝餉をとり、それから仕事を始めるのがアイゼンハルド騎士団の日常だった。ある者は見回りであったり、ある者は鍛錬であったりと様々だが、ギルバートの場合、執務室で昨日から今朝にかけてやってきた書類――アイゼンハルド騎士団への依頼や報告書など――に目を通すのが朝一番の日課だった。
 とはいえ、真っ先に仕事に取り掛かるわけではない。その前に新聞を読むのが習慣になっている。新聞はアイゼンハルドだけでなく、世界のあらゆる国で起こった様々な出来事の記事が載っている。アイゼンハルド以外の国の情報を収集して頭の中に詰め込んでおけば、アイゼンハルドのどこかで事件が起きれば、関連する出来事にすぐに繋げることができるからだ。ゆえに、ギルバート以外にも、アイゼンハルド騎士団のほぼ全員が新聞に目を通している。
 新聞をめくったギルバートの顔が顰められた。
 ギルバートの視線の先、三面の記事には、「また爆弾魔か ダヤで山が爆発」という見出しと共に、ダヤで起きた山の爆発について詳しい内容の記事が書かれていたからだ。その内容を読んだギルバートは、ふう、と、深い溜息と共に、加えていた煙草の先から長い煙を吐き出した。
 この爆弾魔は何も今に現れたわけではない。最初に現れたのは八年前で、アイゼンハルドとティルハの境、辛うじてアイゼンハルド寄りにある小さな村で起きたその事件では二人が犠牲になった。その犯人はすぐに捕まるかと思われたが、誰もがそうタカを括っていたその予想に反し、爆弾魔はどういうわけか、捜査網を巧みにくぐり抜けては、思い出したように事件を起こす。ただ、おかしなことに、人の犠牲が出たのは最初の事件だけで、それから今までに至る事件に関しては、建物や山など、人以外の被害に留まっている。どうやら爆弾魔は無差別に人を殺そうとしているわけではなさそうだ。更に、爆弾魔を見たという目撃者からは、爆弾魔が若い男だという証言もしている。証言もあるというのに、今までなかなか捕まらないのはどういうことだろうと、人々は不安に駆られ、そんな人々から、早く捕まえてほしいという要請が、爆弾魔が事件を起こす度に増えてきているため、警邏だけでなく、アイゼンハルド騎士団にも協力要請が来ていた。
 人以外の犠牲は出さないが、狙いが何なのか分からないために不気味な爆弾魔ではあるが、手掛かりはないわけではない。爆弾魔はもしかすると、たった一人を狙っているのかもしれないと、アイゼンハルド騎士団第三師団副団長であるアンドリューが深刻な顔でギルバートに零したことがある。
 どうしてだと聞いたギルバートに、アンドリューは、自分の出身が、爆弾魔が最初に事件を起こした村だからだと答えた。その村の名はミレで、アンドリューだけでなく、第二師団団長であるホオズキの出身でもある。もともとアンドリューがアイゼンハルド騎士団に入ってきたのも、その事件で行方が分からなくなった娘――当時はアンドリューと同様、まだ十歳だったらしい――を捜すためだったらしい。アンドリューは騎士団に入ってからというもの、独自に爆弾魔の事件を追い、爆弾魔が出たという村や町に行っては、その娘がいなかったかどうかを調べているという。その結果、爆弾魔が来る前にその娘は人目を隠すようにしてやってきて、ひっそりと暮らしていたことが分かったそうだ。そして爆弾魔が来たら同時に姿をくらましていることも。
 アンドリューからその話を聞いていたものだから、爆弾魔がまた事件を起こしたことを知ったギルバートが不愉快になったのも無理もないだろう。アンドリューの話が正しいかどうかは分からないが、爆弾魔がアンドリューの捜している娘のいるところに出現しているのは確かなのだ。爆弾魔ならぬ付き纏い魔《ストーカー》に追いかけられている娘のことを思うと、早く爆弾魔を捕まえてやりたいと思うが、いかんせんどこに来るか分からないのではどうしようもない。
 せめてその娘とやらがうちにでも駆け込んできてくれれば、その後に来るかもしれない爆弾魔も捕まえられるだろうに――と思ったその時を見計らったかのように、扉打《ノック》の音がした。
「ギルバートさん。俺です」
「どうした」
 入れと言う代わりに、何か起きたのかと、失礼しますぜ、と、扉を開けて入ってきた、アイゼンハルド騎士団副団長であるギンにそう問うと、「客でさァ」と答えが返ってきた。
「客? 俺にか」
「ええ。何でも、爆弾魔の情報を持って来たから、話だけでも聞いてほしいと」
 つい今しがた目を通していた記事の要である爆弾魔の名前が出てきたものだから、ギルバートが弾かれたように立ち上がったのも無理はないだろう。
 詰所の玄関へと向かうと、果たしてそこには、頭巾を深く被った一人の見知らぬ若い女性がいた。玄関では、まさにこれから見回りに行こうとしている団員達で溢れ返っていたから、その中の一人を捕まえるのは難しくなかったのだろう。その若い女性が声をかけたのも、同じ女性だからだろう、第二師団副団長であるタニアだった。
 ギルバートはその若い女性を見て小さく息を呑んだ。顔を隠しているからではなく、袖や裾からほんの少し露出している肌に火傷の痕が多く見られたからだ。爆弾魔に狙われているのかもしれないというアンドリューの危惧はどうやら残念なことに、的を射ていたらしい。顔を隠しているのも、顔にも火傷を負ったからかもしれなかった。
 タニアは廊下の方からギルバートとギンがやってきたのを、客らしい若い女性の背中越しに捉えて、「あ、来た来た。お嬢さん、あっちの黒い髪の人がうちの団長です」と、若い女性に告げた。それを受けて、若い女性もギルバート達の方へと振り返った。
 ギルバート達の方へと振り返った若い女性は、顔を隠したままでは失礼だと思ったのだろう、深く被っていた頭巾を外した。その際に、深い漆黒の瞳と、頭巾の中に入れて隠していたらしい、太ももにまで届く長い黒髪が零れた。
 ギルバートが何か言おうと口を開くより先に、彼女の露になった顔を見て驚いた者がいた。ギルバート達の後ろからやってきたアンドリューが声を上げたのだ。
「スズラン? スズランじゃないか!? 君、生きてたのか! いやそれより、今までどこに――」
 だが若い女性の視線は、アンドリューではなく、彼の後ろから更にやってきた人物に釘付けになった。
 ギルバートとギンも、頓狂な声を出したアンドリューに思わず振り返ったものだから、その後ろからやってきた人物――タニアの上司であり、アンドリューと同じミレ出身であり、第二師団団長でもあるホオズキが、金色の短い髪に映える深緑色の瞳を爛々と煌めかせたのがよく見えた。
「ここで会ったが百年目ェ……」
 ホオズキの口から零れたその言葉は、若い女性――アンドリューにスズランと呼ばれていたから、スズランか――のものと綺麗に重なった。
 それを聞いて何かを思い出したように息を呑んだアンドリューが再度声を上げた。
「いけない! みんな離れて!!」
 果たして、アンドリューがそう叫んだのが合図になったかのように、ホオズキは腰に下げていた刀を抜いてスズランに斬りかかり、スズランも、懐に隠し持っていたらしい小銃でホオズキめがけて撃った。
 風を切る音と銃声が一斉に響いたものだから、玄関先はにわかに騒がしくなった。
「いやあああ、戦争!?」
「いや、ただの喧嘩です」
 スズランから話を聞いていたタニアが賞賛に値するほどの逃げ足の速さで、ギルバートとギンのいるところまで避難しながらそう叫び、そんな彼女に、アンドリューが何かを諦めたかのような、あるいは何かを悟りきったような表情でそう返した。
「ただの喧嘩であんな殺し合いみたいになるか!?」
 信じられないと言わんばかりに、ギルバートやギン、アンドリュー、タニアと同じく玄関にいた団員の一人がアンドリューにそう噛みついたが、アンドリューはふるふると首を横に振った。
「あの二人にとってはあれがいつものことだったんです」
「あれが!?」
「はい。なんというか、あの二人は犬猿の仲というか……ホオズキが村を出るまでは、毎日、顔を合わせる度に喧嘩してましたから。その延長上です」
「ただの喧嘩で詰所が壊されたらたまらんがな……」
 ぼそりとそう零したギルバートに、「同感でさァ」とギンも頷いた。
 背後では銃声と風を切る音が相変わらず響いていた。

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この世界の中で一番危険な仕事は何かと聞かれれば、誰もが口を揃えて同じ名前を挙げるだろう。
 郵便屋と。
 人々の想いが綴られ、託された手紙を、差出人のもとから宛名にある者のもとへと届ける。
 あるいは、人々が届けたいと思ったものを、形や中身を問わず、届ける。
 人々が届けたいと思ったモノを、届けること。
 それが彼ら――郵便屋の仕事だ。
 そして、その仕事をする彼らの中で、ひときわ名を上げた者がいた。
 どんな手紙でも、どんなものでも、必ず宛先へ、あるいは宛名にある者のもとへと届けることのできる、凄腕の郵便屋だと、その名は、郵便局の中から外へと広まり、留まるところを知らない。
 その凄腕の郵便屋のことを、人々は、郵便屋ではなく、運び屋のカラスと呼ぶ。


 ティーツリー。
 世界の中央にあり、また世界最大の郵便局がある国の名だ。
 なぜその名前になったのかというと、実に単純な話で、国中のいたるところにティーツリーが根を張っているからだ。また、国の中央には、樹齢百年以上にもなろうかといわれている、世界最大の樹――ティーツリーが根を下ろしている。この国がティーツリーと呼ばれるようになった所以だ。
 その世界最大の樹と呼ばれているティーツリーを真正面から眺められる位置に、郵便局はある。世界中に配達する郵便屋の多くはここに所属しており、また、手紙や荷物も、世界中からここへ集められる。一度集められた手紙や荷物は、国や地域別に分けられ、その国担当の郵便屋に振り分けられ、そうして配達の旅に出る。
 だが、中には、配達不可能となった手紙や荷物も存在する。宛名にあった者が引っ越したり、あるいは住所が確かでなかったり、様々な理由で配達不可能と判断された手紙や荷物は、また郵便局へと戻る。ただし、その行き先は、一度目とは異なり、郵便局の奥にある大きな部屋だ。
 こうした手紙や荷物は凍結物件扱いとなり、凍結物件と判断されたそれらの手紙や荷物は、郵便局の奥にある大きな部屋へしまいこまれたきり、二度と日の目を見ることはほぼなかった。
 十二年前までは、凍結物件扱いとなった手紙や荷物は、郵便局の奥の部屋行きとなっても、それは一時的なことで、すぐにまた日の目を見ることができた。なぜなら、凍結物件専門の郵便屋がいたからだ。彼はある能力を持っていたため、凍結物件となった手紙や荷物を、必ず宛名にある者の許へと届けることができたのだった。
 だが、彼は、十七年前に死んだ。自殺だという噂があるが、彼を知る者の多くはそれを信じていない。なぜなら、彼は結婚したばかりで、子供も生まれたばかりだったからだ。とはいえ、彼が死んだことは確かで、それと同時に、凍結物件を専門にできる郵便屋はいなくなった。彼が死んだ後、凍結物件は溜まる一方だったのだ。
 どうしたものかと、郵便局の館長を始め、関係者の多くが、どんどん増えていく量の凍結物件を前に、頭を抱えていた矢先、ある年の採用試験に、ひとりの子供が現れた。
 その子供を見て、郵便局の関係者の多くは驚いた。
 なぜなら、黒髪に紅い目を持つその子供は、十七年前まで凍結物件を専門にしていた郵便屋にそっくりだったのだ。それも当然のことで、その子供は、かの凍結物件専門だった彼の子供だという。
 郵便局の館長は採用試験に受かったその子供を、早速凍結物件専門に任じた。というのも、その子供も、父親と同じ能力をそっくりそのまま受け継いでいたからだ。これ以上の適任者はいないという館長のその判断に、郵便局の関係者は一も二もなく賛同した。
 それが五年前のことだ。
 その子供は十七歳となった今も、相棒であるカラスと共に、凍結物件となった手紙や荷物を届けている。


 夏至と呼ばれる時期、ティーツリーは世界最大規模といわれる祭りが開催される。
 この夏至祭は、三日三晩行われ、たくさんの人々が集い、踊り、夜を明かす。たくさんのお店も出るため、商売業者にとってはまたとない稼ぎ時だ。
 それは郵便屋にとっても例外ではない。たくさんの人が集まるということは、たくさんの出会いが生まれるということでもある。祭りのときに交換し合った連絡先に手紙を出す人も増えてくるため、郵便屋の鞄も重くなるものだ。
 この日も、次第に盛り上がる祭りにつられるようにして、気分も昂って行く人々を横目に、郵便局へと、担当地域へ配達する手紙や荷物をとりにいく郵便屋が何人もいた。ノアもその一人で、その背中をすっぽり隠すほどの大きなリュックを抱えながら、これからまた重くなるだろうリュックの中身を思って溜め息を落とした。
 明るい茶色の短い髪に、明るい空色の瞳を持つノアは、今年で十七歳になる青年だ。彼も腕利きの郵便屋であり、運び屋のカラスと同期でもある。
 郵便局の中へと入り、同業者や関係者に挨拶しながら、手紙や荷物が一時的に保管される部屋へと向かう途中で、見慣れた背中を見つけた彼は、つい今しがたまでの憂鬱そうな表情とは打って変わって、破顔一笑した。
 彼の視線の先には、ノアと同様に大きなリュックを背負った郵便屋が一人いる。ノアや他の郵便屋と違うのは、その黒髪を隠すために布をぐるぐると巻いていること、リュックの他にもウエストバッグや小銃を入れるためのポケット、煙幕弾や草玉を入れているという風船のような形のポケット、とにかく色んな荷物をその小さい身体に巻きつけていること、そして、相棒だというカラスをその肩に留まらせていること。
 運び屋のカラスと呼ばれる理由がこれだ。
 もっとも、相棒がカラスだからという他に、理由はもうひとつあるのだけれども。
 ノアは足を速めて、カラスを肩にとまらせているその人物に近付いた。
「おはよう、レイ」
 声をかけたノアに、その人物は足を止めて振り向いた。途端に、夕焼けよりも深い紅の目がノアを鋭く見据える。もっとも本人には鋭く見つめているつもりはなく、ただ鋭い目つきなだけだと知っているので、ノアは笑いながら、傍に寄った。
「ノア。帰ってたのか」
 郵便屋は遠く離れた地域や国へも配達することがあるため、数日、あるいは月を跨ぐほどに長い旅に出ることも珍しくない。とはいえ、遠いところへの配達は、馬や馬車を扱える者が担当に振り分けられるので、ノアやレイのように未成年の郵便屋は、比較的近い地域や国への手紙や荷物を振り分けられることが多い。
 ノアはうんと頷き、レイに歩こうと促してから、肩を竦めた。
「でもこの時期に帰っちゃったのはちょっとついていないな。何せ、お祭り真っ盛りだもの。盛り上がるのはいいんだけどさ、安易に住所を教えるのはどうかと思うよ」
「何か揉めたのか」
「ご名答。去年なんかさ、せっかく可愛い女の子からの手紙を配達したのに、相手は結婚してたんだよ? しかも、配達したその時にはその奥さんもいたときた。修羅場になる前に逃げたけど、あれ、相手の女の子にはどう説明したんだろうねえ」
 泥沼の気配が濃厚な話をアハハと爽やかに笑い飛ばしたノアを、レイも、レイの肩にのっているカラスも、揃って呆れの視線で見遣った。
 そう、この時期に郵便屋を悩ませるのは、配達する手紙や荷物が増えるからだけではない。ノアが今話したようなことばかりではないが、祭りで出会いがあるのは確かで、その出会いから発展があるのはいいが、その展開の途中でノアの話したような揉め事も起きるのだ。その揉め事がまた厄介なことに、郵便屋が配達した手紙や荷物から発生することもあり、そのような時には郵便屋が非難されることが多い。八つ当たり以外の何ものでもないが、ノアのようにさっさと逃げ出して事なきを得ることができずに、業務に障害がきたされることもある。そのような場合には、郵便局の上部――館長が間に入ってとりなすことがあるくらいだ。ただし、あまりにも手紙や荷物から発生する問題が多すぎたことがあり、数年前には、国から、住所を始め、自分の居場所が知れるようなことは慎むようにと注意が出たほどだ。
 その御蔭で、年々、夏至祭に起きる手紙や荷物にまつわる問題は減っているものの、それでもゼロにならないのは人の業というものか、と、ノアは思う。
「ところで、レイは今日もいつもの配達?」
「ああ。昨日はちゃんと休みを貰えたんで、骨を休めたからな」
「うん、ちゃんと休むのはいいことだよ。君、あんまり自分のこと大事にしないでしょ。めっ、だよ」
「…………」
 びし、と、レイの顔に向けたノアの人差し指を、レイは無言でおろさせた。それに逆らわなかったものの、まだ不満そうな表情のままのノアは、レイの肩から二人のやりとりを興味深そうに聞いているカラスへと視線を移した。
「二代目、二代目からも言っといてよ。限界が来たらちゃんと休むようにってさ。僕も一緒に行けるならいいけど――そういや、今回はどこ?」
 二代目というのがカラスの名前だ。なんで二代目? とノアが聞いたところ、父親の相棒だったカラスの子供だからだという答えが返ってきた。
 ノアの、今日配達する手紙の住所はどこだというその問いかけに、レイは思い出そうとする素振りを全く見せずに即答した。レイはこれから配達する手紙や荷物の住所を、少なくとも十通先までは暗記している。そうしないと、配達の途中で遭遇するだろう危険に備えるために道具を揃えることができないからというのが理由だが、それにしても舌を巻くほどの記憶力の良さだと、ノアは毎回感嘆してしまう。
「宛名はフランツ・ホセ。差出人はジョゼット・エルティーニャ。住所はここから北の方、リーマ市となっているな」

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漆黒の君(7)
2011.08.23
 嘗て、カタンシェの隣には、ハインベルツという小さな国があった。
 彼の国の王族は全員、生まれつき、青い目を持ち、その目は〈真実の目〉と呼ばれた。その目は相手の素性、過去、性格――その者が持つあらゆる総ての情報を見透す。そのため、いかなる詐欺師でも騙し切ることはできないし、騙し通すことも出来ない。ハインベルツの王族は〈真実の目〉を使って潔癖な政治を行ったという。また、その目を頼りに、未解決の事件や、冤罪が疑われるような事件や、犯人だということは間違いないのに証拠がないという事件などが世界中から持ち込まれ、ハインベルツではそれらの事件も全て〈真実の目〉を使って見事に解決された。ゆえにハインベルツは「裁判の国」とも呼ばれた。
 しかし、〈真実の目〉は代が重ねられるごとにその能力も次第に弱まり、ハインベルツ家の始祖のように、月の銀と見紛うほどに透けるように明るい水色は少しずつ濃くなり、最後の代に至っては、夜空を思わせる藍色になっていたという。色が濃くなるごとに能力も弱まり、相手の持つ情報のほんの一握りしか見透せなくなっていたとも囁かれている。その子供に至っては、〈真実の目〉であることを示す青い目を持って生まれることはなく、両目とも似漆黒の色だったそうだ。
 それを見計らったかのように、彼の国は二十年前に滅んだ。
 オリヴィアが生まれる前のことだったから、オリヴィアはハインベルツに関する記憶は殆ど持たないが、生前に母親が一度だけ感慨深げに話していたことがあった。その時に母が零していた言葉を、オリヴィアは長く時間が経った今でもよく憶えている。
『清艶なるかな、青き宝珠。わしも一度だけ見たが、実に美しいものであったよ』
 母がそう言うならそうなんだろうと、オリヴィアは幼いなりに、一度でいいから見てみたかったと惜しんだ。母親に憧れて、母親と同じことを真似したくなる時期だったから、余計にそう思ったかもしれない。
 それからもう一つ、母はハインベルツについてのことを教えてくれた。
 ハインベルツには一人の王子がおり、その王子はハインベルツの王族の中では異例な子供だったという。どうしてなのかと、純粋に疑問に思って尋ねたオリヴィアに、母は何とも言えない声で答えたのだった。彼の王子は、両目どちらも黒い目で、青い目を持っていないから、と。
『生きていたら、今頃は立派な青年になっていたであろうに』
 普段は滅多に感情を崩さない母が、その時ばかりは笑みを湛えながらも悲しそうに言っていたのが印象的だった。だからだろう、オリヴィアはその王子の名前を記憶に強く刻んでいた。オリヴィアととてもよく似た名前だったせいもあるだろう。
 そう、彼の王子は、もし生きていたら、今目の前にいる男と同い年になっているはずだ。
 まさかと思いながらも、ほぼ確信に変わりつつある思いと共に、オリヴィアは震える声でその名を呼んだ。
「オリヴィエ王子……?」
 オリヴィアの目の前に立つヴィーは振り返らずに小さく肩を竦めた。
「今はもう国も王子なんて身分もないから、ただのオリヴィエだがな」
 ああやはり、彼がオリヴィエ・ハインベルツなのだと、オリヴィアは感嘆のような感情を込めた溜め息を落とすと同時に確信する。
 それはガワフも同じだったらしく、しかしこちらはオリヴィアより激しい反応を示しながら、なおも悲鳴のように大声を響かせた。
「そんな、お前にその目が、〈真実の目〉があるはずが……!」
 そんなガワフに、ヴィーはひどく冴え冴えとした目を――〈真実の目〉である、明るい水色の目を向けた。見据えられて、ガワフはびくりと大きく肩を上下させた。先程まではあったはずの余裕はどこへやら、すっかり消え失せてしまっている。
「俺も、俺にこいつが備わっているとは知らなんだ。だが、お前のせいでこいつが目覚めた」
 かつん、と、小さく音を立てて、ヴィーは一歩、ガワフの方へと足を踏み出した。
「お前が起こした事件のせいで受けた衝撃は、こいつを目覚めさせる起爆剤としての役目も果たしたらしくてな。御蔭であれからの数年間は、こいつを飼い馴らすのにいっぱいで、他のことに目をくれる余裕なんぞなかった」
 オリヴィアが疑問の声を上げた。
「飼い馴らす……とは、どういうことです?」
 かつん、と、また一歩、ガワフの方へと近付いたヴィーは、ガワフから視線をそらさないまま、淡々とした口調で返した。
「俺は元々、両目とも黒い目で、青い目じゃなかった。だから、ハインベルツ家では異例だとよく言われていた」
「ええ。母から、聞いたことがあります」
「そのせいで、ハインベルツ家の者なら誰でも受ける訓練――まあ、平たく言えば、こいつを思うように制御する方法を教えられるんだが、俺はそれを一度も受けたことがなかった。必要ないと判断されたし、俺もそうだろうと納得していた。二十年前のあの日まではな」
 二十年前、とヴィーが口にした時、同時に部屋の中にいた賊の者達の多くが身震いするのがオリヴィアの視界の隅に映った。それは彼らの罪が思わぬところで暴かれることを恐れてのものなのか、それともヴィーの怒りに触れる恐怖からか。
「そもそもの始まりは、ある男から姉に求婚の手紙が送られてきたことだ。姉は当然断った。顔も見せないような相手と寄り添う気はないと。手紙の中には写真もあったかもしれないが、あったとしても姉は断っていただろう。姉は豪胆な人で、潔癖な性格でもあったから、少しでも怪しいと思う人とは結婚したくないと、口癖のように言っていた」
 かつん、とヴィーがまた足音を立てた。
「だが、手紙は執拗に送られてきた。そのうちに悪化して来て、刃の入った手紙、毒入りの瓶、愛の言葉が刻まれた斧などが送られてくるようになった。中には一日中の姉の行動が綴られた手紙もあったよ。姉は豪胆な人だったが、それらの病的な手紙のせいで、少しずつ病んでいった」
「……それ、それは……」
 喘ぐように声を絞り出したオリヴィアに、ヴィーは今度も振り返らずに頷いた。
「そうだ。お前へのことと同じことを、こいつは二十年前にもしていた」
「そんな……」
 思いもよらない過去を知ったオリヴィアは小さく呻いた。その後がどうなったかも察せられたせいもある。
 それからヴィーは二十年前に何があったのかを語った。
 オリヴィエの姉に執拗に結婚を迫っていたガワフはしかし、オリヴィアと同様に中々良い返事を出さないオリヴィエの姉に業を煮やして、賊を率いて王宮を襲った。そこで改めて、しかし脅迫紛いに求婚したガワフに、執拗な手紙のせいで弱っていただろうオリヴィエの姉は、それでも屈さずに否と返した。その返事に頭に血が上ったガワフは彼女を手にかけ、それを皮切りに手当たり次第に斬り、彼に倣って賊も王宮で暴れ回り、ハインベルツ家の者達を血祭りにあげ、国中に火をつけた――。
 ヴィーが語ったことは、ほぼオリヴィアの推測通りだった。
「姉を除く俺の家族は皆、病に倒れていたから、逃げることも出来なかった。ハインベルツは元々小さな国だったから、お前達がつけた火はあっという間に広がって、国を焼き尽くした。たった一晩で、ハインベルツは滅んだよ」
 淡々とした口調だったが、それだけに凄みがあり、その場にいる全員を圧倒していた。
 かつん、と、ヴィーの足が、オリヴィアの父と三人の兄がいる寝台の前で止まった。
「俺が奇跡的に生き延びられたのは、俺の教育係についていたアンドレと、俺に剣の稽古をつけていたダンが必死に俺を連れて逃げてくれた御蔭だよ。その時の俺はまだ小さかったから、病に罹っていても抱えて逃げられたんだろうな。秘密の逃げ道を二人が知っていたこともあるだろうが」
 オリヴィアは無法地帯にあった店にいたアンドレを思い出した。では彼は、ヴィーの命の恩人なのか。道理でヴィーが彼に頭が下がらないように見えたはずだ。
「さっきも言った通り、俺には〈真実の目〉がないと思われていたが、皮肉なことに、お前が起こしたあの事件のせいで、こいつが目覚めた。どうやら、それまでは能力が強過ぎるゆえに、本能が眠らせていたらしい」
「……強過ぎる、だと? 馬鹿な。その力は弱まっていて、もう殆ど使いものにならなくなっていたはずだ」
 ヴィーの言葉に反論すべきものを嗅ぎつけたガワフがここぞとばかりに噛みついたが、それにもヴィーは静かに返した。
「俺もそう思っていたさ。だが、アンドレによると、俺の場合は強い先祖返りらしい。――俺の始祖は両目ともとても明るい水色で、それだけに能力も強かったそうだ。それこそ、相手の素性、過去、性格――その者が持つ総ての情報を見透せるくらいにな。目を見開いていると、しょっちゅう目に入る誰かの情報が見えてしまうから、普段は両目共に目隠しをして過ごしていたと聞く」
 ガワフの口元に刻まれた、嘲りの笑みがひくりと引き攣った。
「俺も同じだよ。俺は片目だけ先祖返りしたが、そのせいで、二十年前からはこっちの目に映る誰かの情報をひっきりなしに見る羽目になったから、制御できるようになるまでは数年かかった。でないと、たくさんの情報が頭に雪崩れ込んで来て、それらと現実の境目が分からなくなるからな。一時はそれで本当に混乱して、部屋に一日中閉じ込められたこともあったよ。そのせいで目隠しをしないとならなくなったわけだが、制御できるようになってからも目隠しは必要になった」
 ヴィーが顔の左半分を隠すように巻いていたバンダナにはそんな意味があったのだ。
「流石に今はもう慣れたから、閉じ込められるようなことはないがな。その代わり、見たい情報を探ることもできるようになった。例えば、俺の家族やオリヴィアの家族を襲った病の原因や、その治療方法とかな」
 ガワフの顔があからさまにぎくりと強張った。
 そんな彼から目を離さずに、ヴィーは少しの間黙り込んで彼を見つめていたが、ほどなくして見たい情報が見えたらしく、「ふん……」とヴィーの口から小さく声が零れた。
「やっぱり、病の原因は毒草か。俺の時は、解毒成分を含む薬草を飲んだら、幾らかましになったんで、解毒成分を含む薬草を手当たり次第に試すうちに、当たりを引いた。グラジオラという薬草がそれだ。すり潰したものを飲んだら数日で回復したが、それで合っていたらしいな。うちの医師が沢山作ったんで、置き場所に困ってたんだが、もう困らなくてよさそうだ」
 オリヴィアはヴィーやアンドレ達が住処としているあの店を出発する時に、アンドレに持たされていた包みを思い出した。ではあの包みの中には、グラジオラが入っているのか。そういえば、アンドレも、仕事のない医師が暇潰しにと色々研究していると言っていたではないか。あれはもしかして、ハインベルツの二の舞がないようにと、予防対策を立てていた――グラジオラを育てて薬作りをしていたという意味ではないか。
 今思えば符合するところが幾つもあり、オリヴィアはそのことがなんだかとても奇妙なことに思えた。
「それに――成る程。オリヴィア」
 突然呼ばれて、オリヴィアは不意をつかれたために「はい」と返すのが少し遅れたが、そんな彼女に構わずに――というより、気づいた様子もなく、ヴィーは問うた。
「お前の身の周りの世話をする侍女の中に、イヴリンという名前の者がいないか」
「……おります、けれど」
 訝るオリヴィアに、それとは分からないほどの僅かな間を置いた後、ヴィーは告げた。
「そいつがお前の一日の行動をガワフに流していた。共犯だな」
「え」
 オリヴィアは桜色の目を大きく見開いた。冗談抜きで、ヴィーが何を言っているのか分からなかったのだ。それほどに、ヴィーの告げたことはオリヴィアにとって信じ難いことだった。だが、やがてヴィーの言葉を咀嚼すると、辻褄が合うことも分かって来て、信じざるを得なくなった。そもそもヴィーは今〈真実の目〉でガワフを見透しているのだ。その彼が嘘の情報を告げるはずがない。
 オリヴィアの身の周りの世話をする侍女なら、オリヴィアの一日の行動を知っても不思議ではない。オリヴィアに一日中張り付いているわけではないが、一日三食の食事、着替え、部屋の掃除など、オリヴィアの行動を知る機会は一日に何度でもある。それらをそっくりそのままガワフに何らかの方法で知らせていたのだとすれば、ガワフがこちらを見ていたかのような手紙を送ることができていたことも腑に落ちる。
 当時はどこから漏れているのか全く分からず、部屋に閉じこもるほどに怯えるしかなかったが、分かってみれば実に簡単なことだった。こんなに呆気ないことで、自分は怯えていたのかと思うと、滑稽さすら湧いてくる。
「言っておくが、その侍女に同情の余地はないぞ。そいつも元々賊で、盗みを繰り返していた。ガワフとは利害の一致で手を組んだようだな。ハインベルツでも手を組んで、その時にも戦利品がよかったから、味を占めて、今回も喜んで加担したといったところか」
 呆れを声に滲ませて言ったヴィーはなおもガワフから目を離さないままだ。
 自分を見つめ続け、更には罪とその内容を次々と暴かれたからだろう、ガワフは今やがたがたと身体を震わせていた。周りにいる賊の者達よりも大きな震えだった。
「見るな……」
 ふいに呻くように言うと、ガワフはケヴィンの左肩に突き刺していた長剣を抜いた。それからトチ狂ったかのように青褪めた顔を恐怖に歪ませながら、血塗れの長剣をヴィーに向けて放り投げた。
「見るなぁっ!」
 そう叫んだガワフの声は最早悲鳴に近かった。
 ガワフの投げた長剣がヴィーに当たることはなかった。
 ヴィーはガワフが長剣を投げるより先に、床を強く蹴って跳躍し、一瞬でガワフとの距離を詰めた。寝台を飛び越えてガワフの目の前にまで迫ったヴィーはその勢いのままに拳を突き出し、ガワフの顔面を容赦なく殴った。
 殴られたガワフはその場に踏み止まることも出来ず、殴られた勢いを殺すことも出来ず、そのまま後ろの方へと文字通り〝飛び〟、やがてすぐ後ろにある壁にぶつかってようやく止まった。壁伝いにずるずるとその場に倒れ込んだガワフは、何とも不様な体勢のまま、死んだようにぴくりとも動かなくなった。どうやらあまりの衝撃と痛みのせいで意識を手放したらしい。
「命まではとらん。オリヴィアの頼みもあるが、何より、お前のような下衆の命で、オリヴィアを汚したくはないからな」
 吐き捨てるようにそう言ったヴィーは寝台を回って、先程床に放り投げた黒刀を拾い、それから周りを――部屋の中にいる賊の者達を見回した。
「どうする? 今この場で武器も何もかも捨てて大人しく捕まるか、それとも、抵抗してでも小さな可能性に賭けて逃げるか。もっとも」
 そこで言葉を切ったヴィーは目を冷たく煌めかせた。
「一人たりとも逃がす気は更々ないがな」
 ヴィーのその言葉に、彼がここにいる賊の者達全員、逃げられても地獄の果てまで追って捕まえるつもりなのだと悟ったらしい。オリヴィアでさえそうなのだから、彼らは尚更だろう。
 一人、また一人と武器を捨ててその場に両手を上げた姿勢のまま座り込んで投降の意思を見せ始め、やがて賊の者達全員が座り込んだことを確認すると、ヴィーは寝台を囲むようにして控えていた従者達をちらりと見やった。
「捕まえなくていいのか」
 言われて、従者達は我に返ったように、ケヴィンの止血に、他の部屋にいるだろう他の従者達に事の知らせに、賊の者達の拘束にと、あたふたと動き始めた。
 その様子を見て漸く収斂の兆しを感じ取ったオリヴィアは、ふっと身体中から力が抜けるのを感じた。
「オリヴィア?」
 血を拭いた刀を鞘に収め、バンダナを顔に巻き直したヴィーが驚いたようにオリヴィアの名を呼んだような気がしたが、よく分からなかった。
 オリヴィアの意識はそこで途切れた。

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