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この世界の中で一番危険な仕事は何かと聞かれれば、誰もが口を揃えて同じ名前を挙げるだろう。
 郵便屋と。
 人々の想いが綴られ、託された手紙を、差出人のもとから宛名にある者のもとへと届ける。
 あるいは、人々が届けたいと思ったものを、形や中身を問わず、届ける。
 人々が届けたいと思ったモノを、届けること。
 それが彼ら――郵便屋の仕事だ。
 そして、その仕事をする彼らの中で、ひときわ名を上げた者がいた。
 どんな手紙でも、どんなものでも、必ず宛先へ、あるいは宛名にある者のもとへと届けることのできる、凄腕の郵便屋だと、その名は、郵便局の中から外へと広まり、留まるところを知らない。
 その凄腕の郵便屋のことを、人々は、郵便屋ではなく、運び屋のカラスと呼ぶ。


 ティーツリー。
 世界の中央にあり、また世界最大の郵便局がある国の名だ。
 なぜその名前になったのかというと、実に単純な話で、国中のいたるところにティーツリーが根を張っているからだ。また、国の中央には、樹齢百年以上にもなろうかといわれている、世界最大の樹――ティーツリーが根を下ろしている。この国がティーツリーと呼ばれるようになった所以だ。
 その世界最大の樹と呼ばれているティーツリーを真正面から眺められる位置に、郵便局はある。世界中に配達する郵便屋の多くはここに所属しており、また、手紙や荷物も、世界中からここへ集められる。一度集められた手紙や荷物は、国や地域別に分けられ、その国担当の郵便屋に振り分けられ、そうして配達の旅に出る。
 だが、中には、配達不可能となった手紙や荷物も存在する。宛名にあった者が引っ越したり、あるいは住所が確かでなかったり、様々な理由で配達不可能と判断された手紙や荷物は、また郵便局へと戻る。ただし、その行き先は、一度目とは異なり、郵便局の奥にある大きな部屋だ。
 こうした手紙や荷物は凍結物件扱いとなり、凍結物件と判断されたそれらの手紙や荷物は、郵便局の奥にある大きな部屋へしまいこまれたきり、二度と日の目を見ることはほぼなかった。
 十二年前までは、凍結物件扱いとなった手紙や荷物は、郵便局の奥の部屋行きとなっても、それは一時的なことで、すぐにまた日の目を見ることができた。なぜなら、凍結物件専門の郵便屋がいたからだ。彼はある能力を持っていたため、凍結物件となった手紙や荷物を、必ず宛名にある者の許へと届けることができたのだった。
 だが、彼は、十七年前に死んだ。自殺だという噂があるが、彼を知る者の多くはそれを信じていない。なぜなら、彼は結婚したばかりで、子供も生まれたばかりだったからだ。とはいえ、彼が死んだことは確かで、それと同時に、凍結物件を専門にできる郵便屋はいなくなった。彼が死んだ後、凍結物件は溜まる一方だったのだ。
 どうしたものかと、郵便局の館長を始め、関係者の多くが、どんどん増えていく量の凍結物件を前に、頭を抱えていた矢先、ある年の採用試験に、ひとりの子供が現れた。
 その子供を見て、郵便局の関係者の多くは驚いた。
 なぜなら、黒髪に紅い目を持つその子供は、十七年前まで凍結物件を専門にしていた郵便屋にそっくりだったのだ。それも当然のことで、その子供は、かの凍結物件専門だった彼の子供だという。
 郵便局の館長は採用試験に受かったその子供を、早速凍結物件専門に任じた。というのも、その子供も、父親と同じ能力をそっくりそのまま受け継いでいたからだ。これ以上の適任者はいないという館長のその判断に、郵便局の関係者は一も二もなく賛同した。
 それが五年前のことだ。
 その子供は十七歳となった今も、相棒であるカラスと共に、凍結物件となった手紙や荷物を届けている。


 夏至と呼ばれる時期、ティーツリーは世界最大規模といわれる祭りが開催される。
 この夏至祭は、三日三晩行われ、たくさんの人々が集い、踊り、夜を明かす。たくさんのお店も出るため、商売業者にとってはまたとない稼ぎ時だ。
 それは郵便屋にとっても例外ではない。たくさんの人が集まるということは、たくさんの出会いが生まれるということでもある。祭りのときに交換し合った連絡先に手紙を出す人も増えてくるため、郵便屋の鞄も重くなるものだ。
 この日も、次第に盛り上がる祭りにつられるようにして、気分も昂って行く人々を横目に、郵便局へと、担当地域へ配達する手紙や荷物をとりにいく郵便屋が何人もいた。ノアもその一人で、その背中をすっぽり隠すほどの大きなリュックを抱えながら、これからまた重くなるだろうリュックの中身を思って溜め息を落とした。
 明るい茶色の短い髪に、明るい空色の瞳を持つノアは、今年で十七歳になる青年だ。彼も腕利きの郵便屋であり、運び屋のカラスと同期でもある。
 郵便局の中へと入り、同業者や関係者に挨拶しながら、手紙や荷物が一時的に保管される部屋へと向かう途中で、見慣れた背中を見つけた彼は、つい今しがたまでの憂鬱そうな表情とは打って変わって、破顔一笑した。
 彼の視線の先には、ノアと同様に大きなリュックを背負った郵便屋が一人いる。ノアや他の郵便屋と違うのは、その黒髪を隠すために布をぐるぐると巻いていること、リュックの他にもウエストバッグや小銃を入れるためのポケット、煙幕弾や草玉を入れているという風船のような形のポケット、とにかく色んな荷物をその小さい身体に巻きつけていること、そして、相棒だというカラスをその肩に留まらせていること。
 運び屋のカラスと呼ばれる理由がこれだ。
 もっとも、相棒がカラスだからという他に、理由はもうひとつあるのだけれども。
 ノアは足を速めて、カラスを肩にとまらせているその人物に近付いた。
「おはよう、レイ」
 声をかけたノアに、その人物は足を止めて振り向いた。途端に、夕焼けよりも深い紅の目がノアを鋭く見据える。もっとも本人には鋭く見つめているつもりはなく、ただ鋭い目つきなだけだと知っているので、ノアは笑いながら、傍に寄った。
「ノア。帰ってたのか」
 郵便屋は遠く離れた地域や国へも配達することがあるため、数日、あるいは月を跨ぐほどに長い旅に出ることも珍しくない。とはいえ、遠いところへの配達は、馬や馬車を扱える者が担当に振り分けられるので、ノアやレイのように未成年の郵便屋は、比較的近い地域や国への手紙や荷物を振り分けられることが多い。
 ノアはうんと頷き、レイに歩こうと促してから、肩を竦めた。
「でもこの時期に帰っちゃったのはちょっとついていないな。何せ、お祭り真っ盛りだもの。盛り上がるのはいいんだけどさ、安易に住所を教えるのはどうかと思うよ」
「何か揉めたのか」
「ご名答。去年なんかさ、せっかく可愛い女の子からの手紙を配達したのに、相手は結婚してたんだよ? しかも、配達したその時にはその奥さんもいたときた。修羅場になる前に逃げたけど、あれ、相手の女の子にはどう説明したんだろうねえ」
 泥沼の気配が濃厚な話をアハハと爽やかに笑い飛ばしたノアを、レイも、レイの肩にのっているカラスも、揃って呆れの視線で見遣った。
 そう、この時期に郵便屋を悩ませるのは、配達する手紙や荷物が増えるからだけではない。ノアが今話したようなことばかりではないが、祭りで出会いがあるのは確かで、その出会いから発展があるのはいいが、その展開の途中でノアの話したような揉め事も起きるのだ。その揉め事がまた厄介なことに、郵便屋が配達した手紙や荷物から発生することもあり、そのような時には郵便屋が非難されることが多い。八つ当たり以外の何ものでもないが、ノアのようにさっさと逃げ出して事なきを得ることができずに、業務に障害がきたされることもある。そのような場合には、郵便局の上部――館長が間に入ってとりなすことがあるくらいだ。ただし、あまりにも手紙や荷物から発生する問題が多すぎたことがあり、数年前には、国から、住所を始め、自分の居場所が知れるようなことは慎むようにと注意が出たほどだ。
 その御蔭で、年々、夏至祭に起きる手紙や荷物にまつわる問題は減っているものの、それでもゼロにならないのは人の業というものか、と、ノアは思う。
「ところで、レイは今日もいつもの配達?」
「ああ。昨日はちゃんと休みを貰えたんで、骨を休めたからな」
「うん、ちゃんと休むのはいいことだよ。君、あんまり自分のこと大事にしないでしょ。めっ、だよ」
「…………」
 びし、と、レイの顔に向けたノアの人差し指を、レイは無言でおろさせた。それに逆らわなかったものの、まだ不満そうな表情のままのノアは、レイの肩から二人のやりとりを興味深そうに聞いているカラスへと視線を移した。
「二代目、二代目からも言っといてよ。限界が来たらちゃんと休むようにってさ。僕も一緒に行けるならいいけど――そういや、今回はどこ?」
 二代目というのがカラスの名前だ。なんで二代目? とノアが聞いたところ、父親の相棒だったカラスの子供だからだという答えが返ってきた。
 ノアの、今日配達する手紙の住所はどこだというその問いかけに、レイは思い出そうとする素振りを全く見せずに即答した。レイはこれから配達する手紙や荷物の住所を、少なくとも十通先までは暗記している。そうしないと、配達の途中で遭遇するだろう危険に備えるために道具を揃えることができないからというのが理由だが、それにしても舌を巻くほどの記憶力の良さだと、ノアは毎回感嘆してしまう。
「宛名はフランツ・ホセ。差出人はジョゼット・エルティーニャ。住所はここから北の方、リーマ市となっているな」

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