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昨日はチャットを開催いたしました。お付き合い頂いたドルフィンさん、ありがとうございました。閲覧されていた方もいらっしゃるようですが、よろしければ次の機会にはお喋りしましょう。ちょっと勇気がいるかもしれませんが……。

 今日は読書状況です。ちょっと長めです。



・「六花の勇者」山形石雄
 “運命”の神殿で分裂した六花の勇者たちに、テグネウの本隊が迫っていた。六花たちはアドレットを中心に作戦を練るが、限られた戦力で厳しい状況を打破するため、リスクの高い作戦を取らざるを得ない。一方、テグネウは凶魔の大軍による物量攻撃と共に、「愛」の力を利用した心理的な揺さぶりを仕掛けてくる。絶対的不利の状況で死闘を繰り広げる六花たち。どこまでも自らの美学に執着するテグネウ。そしてついに「七人目」のすべてが明らかになる。世界を救うことを誓い、復讐に命を懸けてきた少年に突きつけられた真実とは?(あらすじ引用しました)
 これはもうなんて言ったらいいのか…とにかく重いです。七人目はかなり最初の方から明かされるので、ここでもう言っちゃいますが、七人目はアドレットです。一巻目から作者の罠にかかっていたというわけか…それにしても、作者さん、アドレットのこと嫌いなんだろうか…いや、それをいったらフレミーも…あああああ。
 ただ、嫌な話ばっかりじゃないです。フレミーを育てた母親も、フレミーが思っていたように愛するふりをしていたわけじゃなくて、ちゃんと、母親としての愛情を持っていたのだということも語られます。それが尚更、話自体の悲しい展開に拍車をかけているわけですが…ああ。
 この巻でテグネウとの勝負に決着がつきます。それもテグネウにとって一番いやな決着ですね。テグネウがやられたのはざまーみろでしたが、同時に、アドレットにかけられていた、テグネウの呪いみたいなものも解かれてしまうので、彼のフレミーに対する思いも変化が起きてしまいます。作者さんがアドレットのこと嫌いなのかと思ってしまうのはこのあたりですね。一体どれだけアドレットが苦しい以上の目にあえばいいのかという。
 ただ、フレミーはそんなに心配しなくてもいいのかなあとも思いますね。アドレットが最初からフレミーの味方だった御蔭で、他の仲間も、フレミーに信頼を置くようになりましたし、モーラも、「彼女には幸せになって欲しい」と、5巻で零していましたし。なんとかフレミーがまたひとりにならないようにしてほしい。
 もうひとつ、最後の最後で、すげえ印象に残った、というか、衝撃な場面があります。これは読めば分かると思うので、ここでは言いませんが、あの人とあれがまさかそんな関係だったなんて…。あの人とあれがそんな関係だったなら、お約束の終わりは迎えられそうにないと思うので、本当にどうなるんだろう、この話。
 これからも追いかけようか、でもものすごく重いし…うーん。あまぞんでレビューを見てから決めることにしようかな。「戦う図書」シリーズはちゃんと最後まで追いかけられたんですけどね…。うーん。迷うところです。



・「ラビット・ケージ」木崎菜菜恵
 成人式前夜。大学生の桃木沙良は、電車に乗っていたはずが、ふと気付くと母校・蔵院高校の校庭にいた。そして沙良と同じように集められた、かつての一年A組の元クラスメイトたちは、ウサギのキグルミを着た何者かに次々と惨殺されていき…。鎖された学園で繰り返される、悪夢のような惨劇。容赦のない裏切り。その裏に潜む真相とは!?学園サバイバル・ホラー。(あらすじ引用しました)
 これは同時期に発売された「鍵屋甘味処改 2」の中に挟まっていた、宣伝チラシで紹介されていたので、ちょっと気になったものです。が、ホラーものだったので、どうしようかと迷っていました。ホラーはめっちゃ苦手なのです。が、やっぱり気になるので、福岡に行った時に、本屋さんであったのを買いました。
 あまぞんのレビューの中には、「読んだ後、怖くて眠れなかった」というものがありましたが、すみません。わたしは普通に眠れました。ええ。
 なんで? と言われたら、ちょっと困るところなんですが、納得できる話だったから、というのが一番の理由ですね。この話には、あらすじにある通り、高校時代、同じクラスだった人達が全員集められるのですが、この人達がもうね…健全な高校生活を送っていたとはいえない人達でしてね…。高校生って、みんなこんな不健全な高校生活を送るものなの…? と、わたしも読みながらすげえ疑問に思ったくらいです。ちなみに、わたしの高校時代は、部活で嫌がらせを受けたことはありますが、クラスの方では至って健全なものでした。特に三年は。みんなお世話になりました。
 話がちょっとそれました。この話は、いきなり過去の学校に連れて行かれた人達が、何が起こったのか分からないまま、殺意を向けてくるキグルミから逃げ続けます。その中で、少しずつ、キグルミの正体や、クラスメイト達の過去の罪があらわになっていきます。そんなことしたらいけないだろ、と、読みながら何度思ったか知れません。
 まあ、そういう話なので、犠牲になった人達には申し訳ないのですが、同情も憐れみも覚えられませんでした。そういうことも計算して、作者は書かれたのだろうと思います。ただ、中には、まともというか、ちゃんと良心を持った人もいて、そんな人もキグルミの手にかけられてしまうんですが、それでもあがいて、現実に戻ろうとした人達は助かります。これはよかった。「告白」みたいに、何の救いもなかったら、あんまりだったよ…。
 こんな風に納得できる話だったので、あんまり怖くもなんともなかったです。同じように巻き込まれたら嫌だなあとは思いますが。人間、ちゃんと日頃から行いには気をつけないといけませんね。もうひとつ、助けられるほうも、こういう言い方はおかしいかもしれないけれども、ちゃんと素直に助けてもらうのがいいと思います。誰だって健全がいいと思いますからね。
 怖さで言ったら、小野不由美さんの「ゴーストハント」シリーズの五巻目? だったかな? 迷子になるほどの大きな屋敷で何が起こっているのかを調べて欲しい、と依頼された話の方がすげえ怖かったよ…!
 この作者さんの本は、気になる内容だったら、また買おうかと思います。ただ、ちゃんと救いがあってほしいので、それはちゃんとお願いしたい。



・「え、なんでまた?」宮藤官九郎
 『あまちゃん』『マンハッタンラブストーリー』『11人もいる!』…あの名セリフが生まれた背景から、撮影現場や日常生活に散りばめられた驚きの発言まで、人気脚本家が言葉について綴ったエッセイ集。たった一言のセリフを思いつくのに5年かかっていることも? 言葉のセンスが炸裂する人気連載が、ついに文庫化。
 「いまなんつった?」も読んだので、この単行本が出ていることは知っていたのですが、スペース的にも財布的にも文庫の方がいいなあと、文庫が出るのをずっと首を長くして待ってました。新聞の広告にのっていたので、早速行きつけの本屋さんに行ったら、しっかり入荷されていました。田舎なので、なかなか欲しい本が入荷されていないこともあるのですが、新聞の広告に載るような本は基本的には押さえているようで、有り難いです。ありがたやありがたや。
 職場で休憩時間に読んだのですが、最初にある話「何か一言」の話でやられてしまいました。マスクをしていたのが幸いです。でなければ、確実に不審人物扱いされていたでしょうからね。「ショッカーのように、イー! イー!」の文の衝撃がもう。宮藤さんったら、相変わらずお笑いの神様に微笑まれていらっしゃる…!
 あとは、かんぱちゃん(宮藤さんの娘さんのことです。本名は違いますので、ご注意を)の話で、「だって、あの家、おそろしいっ!」の話もすげえよかったです。いやあ、流石宮藤さんの娘というべきでしょうか。しっかりお笑いのセンスを受け継いでいらっしゃるようです。おじいちゃんとおばあちゃんの家によく泊まりに行くそうなのですが、夜、寝る時に明かりを消すか消さないか、人によって違いますよね。わたしは真っ暗にして寝るタイプです。どうでもいいですな。かんぱちゃんは、明るいままにしないと嫌なタイプのようで、おじいちゃんの方は、明かりを消さないと眠れないタイプのようです。こればっかりはどうしようもない。ので、かんぱちゃんは、おじいちゃんの家に行くのを嫌がるんですね。なんで? と、聞く宮藤さんに、例の台詞をぶちまけたそうな。
 これからも愉快な親子関係を築いて頂きたいものです。



・「マツ☆キヨ」マツコ・デラックス、池田清彦
 茶の間で引っ張りだこの人気タレント・マツコと、学会の主流になぜかなれない無欲な生物学者キヨヒコ。互いをマイノリティ(少数派)と認め合うふたりが急接近!東日本大震災後に現れた差別や、誰をも思考停止にさせる過剰な情報化社会の居心地悪さなどを徹底的に話し合った。世の中の「常識」「ふつう」になじめないあなたに、「ヘンな」ふたりがヒントを授ける生き方指南。 (あらすじ引用しました)
 これは行きつけの本屋さんで、宮藤さんの本と一緒に買いました。新刊のコーナーで、棚の上に、表紙が見えるように置かれていたんです。どうしようかな? と思ったんですが、休憩時間にちょいちょい読もうか、と思って買った次第で。
 これが当たりました。読んだのは休憩時間ではなく、お休みの日に家で読みました。もう一気読みでしたね。池田さんのことはあまり知らなかったのですが(すみません)、マツコさんは、「マツコの知らない世界」でファンになったので。どんな話をしたんだろうと読み始めたら止まりませんでした。
 お二人が話しあったのは、震災と、情報化社会と、マイナーとメジャーと、マイノリティ(少数派)についてです。
 最初に震災――東日本大震災について話が始まるんですが、この中で池田さんがお話されていたことが印象に残りました。昔の人は、どこが危ないところなのかをなんとなくわかっていて、安全なところに住んでいた、というような話です。これを読んで、わたしも思い出したことがあります。前に父から聞いた話なんですが、わたしの住む町には、幅の広い大きな川が流れているんですね。で、この川の周りには、だだっ広い草原しかないんです。つまりは何もないんですよ。なんであそこ、何もないの? と父に聞いたら、昔、大きな洪水があって、牛も家もぜんぶ流されちゃったからだそうで。そういう記憶というか、記録というか、そういうものがちゃんと残っているから、誰もあの周りには家を建てようとはしないんだな、と、この本を見て思いました。ただ、マツコさんがこの本の中で話されていたんですが、ディズニーランドができた近くに家を立てた知人がいらっしゃるようで、その方は、東日本大震災で起きた液状化で、初めてその土地がどんなところだったのか分かったそうな。新しいものが入ったり、新しい人が何も知らずに入っていっちゃうのは、こういうリスクもあるんだなと思いました。
 あと、印象に残ったのは、情報化社会についてお二人が話されていたことですね。今はネットで、どんな情報でも簡単に手に入れる社会になってしまったという。答えだけを知りたい人が増えたかわりに、ものをよく考えなくなった人が増えたという話があったんです。ネットで流れている情報をうのみにしてしまう怖さと、質問に対する答えに辿り着くまでの経緯をあまり重要視しなくなってしまった、軽さとでも言うべきでしょうか、そういうものが語られていました。確かに、なんでもかんでも鵜呑みにするのはよくないなあと思いますが、難しいところですね。
 情報化社会の章で、「文章を書くというのがどれだけ苦しい作業であることか」という文があるんですが(マツコさんのお言葉です)、わたしも小説を書いているので、苦しい、とまではいかなくとも、頭を使う作業だということを知っているので、共感しました。ものを書くということは、ものを考えるということでもある、という言葉もあって、本当にそうだと噛み締めました。一回更新しているのは、本当に数分で読み終わってしまうような量の文なんですけれども、どうしたら読みやすい文章になるか、どうしたら伝わる文章になるか、どうしたらキャラのこの感情をより伝えられるか――そういうことを考えて書いているので、数時間とか普通にかかったりします(汗)。もうちょっとすらすらと文章が出て来ないものかとやきもきしてしまいます。
 もうひとつ、マツコさんの女装というか、失礼な言い方になってしまったら申し訳ないんですけれども、マツコさんがどういうふうに普通と違うのかということも少し触れられていて、だからマツコさんのファンの方が多いのかなと思いました。わたしも耳が聞こえないという点では、普通とはどうしたって違いますしね。
 どちらかというとふまじめな表紙とは対照的に、大変深い内容だったので、興味がある方ぜひ読んでいただきたいです。

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