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アイゼンハルドが擁するアイゼンハルド騎士団の詰所、その中にある一室――アイゼンハルド騎士団団長であるギルバート・ミランジェの執務室では、部屋の主であるギルバートが、朝餉を済ませて机についたばかりだった。
 詰所にある食堂で朝餉をとり、それから仕事を始めるのがアイゼンハルド騎士団の日常だった。ある者は見回りであったり、ある者は鍛錬であったりと様々だが、ギルバートの場合、執務室で昨日から今朝にかけてやってきた書類――アイゼンハルド騎士団への依頼や報告書など――に目を通すのが朝一番の日課だった。
 とはいえ、真っ先に仕事に取り掛かるわけではない。その前に新聞を読むのが習慣になっている。新聞はアイゼンハルドだけでなく、世界のあらゆる国で起こった様々な出来事の記事が載っている。アイゼンハルド以外の国の情報を収集して頭の中に詰め込んでおけば、アイゼンハルドのどこかで事件が起きれば、関連する出来事にすぐに繋げることができるからだ。ゆえに、ギルバート以外にも、アイゼンハルド騎士団のほぼ全員が新聞に目を通している。
 新聞をめくったギルバートの顔が顰められた。
 ギルバートの視線の先、三面の記事には、「また爆弾魔か ダヤで山が爆発」という見出しと共に、ダヤで起きた山の爆発について詳しい内容の記事が書かれていたからだ。その内容を読んだギルバートは、ふう、と、深い溜息と共に、加えていた煙草の先から長い煙を吐き出した。
 この爆弾魔は何も今に現れたわけではない。最初に現れたのは八年前で、アイゼンハルドとティルハの境、辛うじてアイゼンハルド寄りにある小さな村で起きたその事件では二人が犠牲になった。その犯人はすぐに捕まるかと思われたが、誰もがそうタカを括っていたその予想に反し、爆弾魔はどういうわけか、捜査網を巧みにくぐり抜けては、思い出したように事件を起こす。ただ、おかしなことに、人の犠牲が出たのは最初の事件だけで、それから今までに至る事件に関しては、建物や山など、人以外の被害に留まっている。どうやら爆弾魔は無差別に人を殺そうとしているわけではなさそうだ。更に、爆弾魔を見たという目撃者からは、爆弾魔が若い男だという証言もしている。証言もあるというのに、今までなかなか捕まらないのはどういうことだろうと、人々は不安に駆られ、そんな人々から、早く捕まえてほしいという要請が、爆弾魔が事件を起こす度に増えてきているため、警邏だけでなく、アイゼンハルド騎士団にも協力要請が来ていた。
 人以外の犠牲は出さないが、狙いが何なのか分からないために不気味な爆弾魔ではあるが、手掛かりはないわけではない。爆弾魔はもしかすると、たった一人を狙っているのかもしれないと、アイゼンハルド騎士団第三師団副団長であるアンドリューが深刻な顔でギルバートに零したことがある。
 どうしてだと聞いたギルバートに、アンドリューは、自分の出身が、爆弾魔が最初に事件を起こした村だからだと答えた。その村の名はミレで、アンドリューだけでなく、第二師団団長であるホオズキの出身でもある。もともとアンドリューがアイゼンハルド騎士団に入ってきたのも、その事件で行方が分からなくなった娘――当時はアンドリューと同様、まだ十歳だったらしい――を捜すためだったらしい。アンドリューは騎士団に入ってからというもの、独自に爆弾魔の事件を追い、爆弾魔が出たという村や町に行っては、その娘がいなかったかどうかを調べているという。その結果、爆弾魔が来る前にその娘は人目を隠すようにしてやってきて、ひっそりと暮らしていたことが分かったそうだ。そして爆弾魔が来たら同時に姿をくらましていることも。
 アンドリューからその話を聞いていたものだから、爆弾魔がまた事件を起こしたことを知ったギルバートが不愉快になったのも無理もないだろう。アンドリューの話が正しいかどうかは分からないが、爆弾魔がアンドリューの捜している娘のいるところに出現しているのは確かなのだ。爆弾魔ならぬ付き纏い魔《ストーカー》に追いかけられている娘のことを思うと、早く爆弾魔を捕まえてやりたいと思うが、いかんせんどこに来るか分からないのではどうしようもない。
 せめてその娘とやらがうちにでも駆け込んできてくれれば、その後に来るかもしれない爆弾魔も捕まえられるだろうに――と思ったその時を見計らったかのように、扉打《ノック》の音がした。
「ギルバートさん。俺です」
「どうした」
 入れと言う代わりに、何か起きたのかと、失礼しますぜ、と、扉を開けて入ってきた、アイゼンハルド騎士団副団長であるギンにそう問うと、「客でさァ」と答えが返ってきた。
「客? 俺にか」
「ええ。何でも、爆弾魔の情報を持って来たから、話だけでも聞いてほしいと」
 つい今しがた目を通していた記事の要である爆弾魔の名前が出てきたものだから、ギルバートが弾かれたように立ち上がったのも無理はないだろう。
 詰所の玄関へと向かうと、果たしてそこには、頭巾を深く被った一人の見知らぬ若い女性がいた。玄関では、まさにこれから見回りに行こうとしている団員達で溢れ返っていたから、その中の一人を捕まえるのは難しくなかったのだろう。その若い女性が声をかけたのも、同じ女性だからだろう、第二師団副団長であるタニアだった。
 ギルバートはその若い女性を見て小さく息を呑んだ。顔を隠しているからではなく、袖や裾からほんの少し露出している肌に火傷の痕が多く見られたからだ。爆弾魔に狙われているのかもしれないというアンドリューの危惧はどうやら残念なことに、的を射ていたらしい。顔を隠しているのも、顔にも火傷を負ったからかもしれなかった。
 タニアは廊下の方からギルバートとギンがやってきたのを、客らしい若い女性の背中越しに捉えて、「あ、来た来た。お嬢さん、あっちの黒い髪の人がうちの団長です」と、若い女性に告げた。それを受けて、若い女性もギルバート達の方へと振り返った。
 ギルバート達の方へと振り返った若い女性は、顔を隠したままでは失礼だと思ったのだろう、深く被っていた頭巾を外した。その際に、深い漆黒の瞳と、頭巾の中に入れて隠していたらしい、太ももにまで届く長い黒髪が零れた。
 ギルバートが何か言おうと口を開くより先に、彼女の露になった顔を見て驚いた者がいた。ギルバート達の後ろからやってきたアンドリューが声を上げたのだ。
「スズラン? スズランじゃないか!? 君、生きてたのか! いやそれより、今までどこに――」
 だが若い女性の視線は、アンドリューではなく、彼の後ろから更にやってきた人物に釘付けになった。
 ギルバートとギンも、頓狂な声を出したアンドリューに思わず振り返ったものだから、その後ろからやってきた人物――タニアの上司であり、アンドリューと同じミレ出身であり、第二師団団長でもあるホオズキが、金色の短い髪に映える深緑色の瞳を爛々と煌めかせたのがよく見えた。
「ここで会ったが百年目ェ……」
 ホオズキの口から零れたその言葉は、若い女性――アンドリューにスズランと呼ばれていたから、スズランか――のものと綺麗に重なった。
 それを聞いて何かを思い出したように息を呑んだアンドリューが再度声を上げた。
「いけない! みんな離れて!!」
 果たして、アンドリューがそう叫んだのが合図になったかのように、ホオズキは腰に下げていた刀を抜いてスズランに斬りかかり、スズランも、懐に隠し持っていたらしい小銃でホオズキめがけて撃った。
 風を切る音と銃声が一斉に響いたものだから、玄関先はにわかに騒がしくなった。
「いやあああ、戦争!?」
「いや、ただの喧嘩です」
 スズランから話を聞いていたタニアが賞賛に値するほどの逃げ足の速さで、ギルバートとギンのいるところまで避難しながらそう叫び、そんな彼女に、アンドリューが何かを諦めたかのような、あるいは何かを悟りきったような表情でそう返した。
「ただの喧嘩であんな殺し合いみたいになるか!?」
 信じられないと言わんばかりに、ギルバートやギン、アンドリュー、タニアと同じく玄関にいた団員の一人がアンドリューにそう噛みついたが、アンドリューはふるふると首を横に振った。
「あの二人にとってはあれがいつものことだったんです」
「あれが!?」
「はい。なんというか、あの二人は犬猿の仲というか……ホオズキが村を出るまでは、毎日、顔を合わせる度に喧嘩してましたから。その延長上です」
「ただの喧嘩で詰所が壊されたらたまらんがな……」
 ぼそりとそう零したギルバートに、「同感でさァ」とギンも頷いた。
 背後では銃声と風を切る音が相変わらず響いていた。

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