忍者ブログ



あの後、ギルバートはスズランだと名乗る若い女性を、詰所の中で一番広い部屋――会議などによく使う、騎士団全員が入れる大広間だ――に招いていた。騎士団の全員に聞いてほしいというスズランの要望のためだ。大広間とはいっても、万が一の時の市民の避難場所も兼ねているため、椅子はない。会議の時は、地位の高さに関わらず、全員が床に座る。スズランも、ギルバートとアンドリューに挟まれる形で、ちょこんと正座している。
 ただし、騎士団の全員が集まれたわけではない。見回りに行った者もいるし、護衛などで王宮に向かった者もいる。詰所にいる全員を集めるだけ集めたが、事情を知らない者達が多いため、当然ながら、何のために集められたのかと怪訝な顔になっている者が多かった。中には、スズランとホオズキが殺し合いのような喧嘩をしたとは知らないため――玄関で大きな騒ぎがあったことは知っているだろうが――、二人がそれぞれ顔や手に湿布や包帯を巻いていることに不思議がる者もいた。
 スズランができるだけたくさんの人に聞いてほしいという要望を口にした時、アンドリューがこんなに大勢の前で話すこともないんじゃないかと言ったが、話すのは一度で済ませたいというスズランの言葉に、それ以上は何も言えなかった。ホオズキも何も言わなかった。というより、久しぶりに会った幼馴染に勝てなかったのが悔しかっただけなのかもしれない。
「これで詰所にいる奴は全員集まったな?」
「はい」
 ギルバートのその問いかけに、部屋の出入り口である扉の横に立っていたギンが頷いた。よし、とギルバートも頷き、口を開いた。
「急に呼んで悪かったな。みんなに聞いてほしい話があるんで、集まって貰ったんだ。その話はこちらのお嬢さんが持ってきたんで、今からお嬢さんが話すことを聞いてほしい」
 ギルバートの視線を受けて、スズランは小さく顎を引き、それから大広間にいる騎士達に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。わたしはスズランと申します。アンドリューやホオズキと同じ、ミレに生まれた者です。爆弾魔に狙われている者です」
 爆弾魔の名前が出た途端に、大広間の空気が緊迫したものに変わる。爆弾魔のことは、アイゼンハルド騎士団だけでなく、市民の人々も知っている。十年前に現れて以来、まだ捕まっていないことも。その爆弾魔に狙われていると聞けば、いやでもギルバートが朝早くから詰所にいる者達を集めた理由が知れただろう。
 一斉に多くの視線を浴びることになったスズランだが、物怖じすることもなく、冷静に言葉を継いだ。
「爆弾魔が最初に現れた事件は、皆さんもご存知だと思います。わたしやアンドリュー、ホオズキが生まれ育った村――ミレで犠牲になった人達は、わたしの両親です。わたしの目の前で、父と母はばらばらになって死にました」
 息を呑む気配があちらこちらからした。ギルバートも思わず息を呑む。最初に犠牲になったのがスズランの両親だと言うのも凄まじいが、そんな壮絶な事実を、淡々と語る――いや、なるべく感情を抑えようとするスズランの強い理性も凄まじいものだ。
「爆弾魔がわたしの前に現れたのは、わたしの両親が殺される一週間前でした。爆弾魔の父親は裕福な商家で、アイゼンハルドへも、花の商売が盛んだと聞いて、そちらの商売にも手を広げようと思ったそうです。いずれは王宮へも召し抱えられるようになるのだと言っていました。その息子は、迷惑なことに、わたしを気に入ったそうで、父親と共に、わたしの家に来て、わたしと結婚したいと、わたしの親に直談判しました」
 アンドリューが何とも言えない顔でスズランを見遣った。
「そういえば、あいつ、君に随分とまとわりついていたね……」
「そう。だからわたしはその一週間はなるべく外に出ないようにしてたんだけど」
 アンドリューの言葉に、スズランは苦虫を噛み潰したような顔でそう返し、それから何かを堪えるように、一度強く目を閉じた後、再び口を開いた。
「わたしの親は、その申し出を断りました。まだ子供だからと。それに何より、娘には、ちゃんと好きになった相手と幸せになって欲しいと思っているからと。――それに対して、爆弾魔とその父親は、わたしも爆弾魔のことを好きに決まっているのだから、何の問題もないだろうと、そうぬかしやがりました」
 最後の方はやや乱暴な口調になったが、それだけ爆弾魔とその父親に対して怒りを覚えたということだろう。随分と自分達に都合のよい思い込みをするのなら尚更だった。
 何とも言えない顔になる面々の中、スズランは続けた。
「それでも断り続けた両親に、相手の父親とその息子は頭に血が昇ったようで、父親は銃を取り出し、その息子は爆弾を取り出しました。それから先はあまり話したくもありませんし、新聞でも随分と取り上げられましたから、話す必要はないと思います」
 話しながら顔を伏せたスズランに、その時のことを話せと言う者は一人もいなかった。おそらく、この場にいる全員が、爆弾魔の名前が知れるようになった最初の事件のことを思い出しているに違いなかった。
 ミレで最初に起きた事件は、壮絶としか言いようがないものだった。犠牲者は二人だが、その死に様が残酷だと話題になったのだ。何せ、父親は身体中を蜂の巣になるほどに撃たれただけでなく、その後も腹いせのように爆弾を投げられたせいでばらばらになった。母親の方は撃たれなかったものの、やはり爆弾を投げられたせいで、葬式を上げるのも難儀したほど、遺体のかけらを集めるのに苦労したという。
 その死に様を目の前で見た娘の胸中はいかばかりだっただろう。
 だがおかしな点もあった。母親はどういうわけか、父親とは別の場所――父親は一階にある居間で発見されたが、母親は、居間から出た廊下にあった隠れ扉から通じる地下、更にその向こうにある隠し通路に通じる隠れ扉の前で発見されたのだ。彼ら夫婦には一人娘もいたが、遺体は発見されなかった。おそらく母親が必死に逃がしたのだろうと推測されたが、その娘の行方は分からずじまいだった。
 先程とは違う意味の沈黙が落ちる中、しばらく顔を伏せていたスズランだったが、やがて顔を上げて話し始めた。
「母親に逃がして貰ったわたしは、それから、近くの村まで逃げて、そこでしばらく暮らしていました。そのときにわたしも怪我していたので、療養の必要がありましたから。でも、そこにまた、あの親子が来ました。しつこくつきまとい、結婚しようと、何度も言ってきました」
「……立派な付き纏い魔だなァ」
 呆れたようにギンがそう零し、そうです、と、スズランも大きく頷いた。
「ただ、そのときにお世話になっていた人達がいたんですが、その家にはわたしより少し上の息子もいたんです。その息子を好きになったのかって、爆弾魔は勘違いをして、わたしの両親にしたことをしようとしました。幸いなことに、お世話になった家は山の麓にありましたから、大きな岩は幾らでもあった。咄嗟に目についた大きな岩を持ち上げて、爆弾魔に投げつけたんです。その隙にわたしはその家の人達を連れて逃げました」
「ちょ――ちょっと待って」
 そう口を挟んだのはタニアだった。思わずと言うように声を上げたタニアに、何でしょうと、スズランは視線だけで促した。
「大きな岩を持ち上げたって――そんなこと、その小さい身体にできるわけが」
「あるんだなァ、これが」
 素朴な疑問を吐き出したタニアだったが、それを遮る声があった。それまで他の団員たちと同様にスズランの話を黙って聞いていたホオズキだった。ホオズキのその言葉を聞いたアンドリューも、肯定するようにうんうんと頷く。
 もしや、と、ギルバートは、先程のスズランとホオズキの喧嘩を思い出した。あのとき、スズランの目は、何色になっていた?
 タニアが怪訝そうな顔でホオズキを凝視する。
「あるって、どういうことですか、ホオズキ団長」
「気付かなかったのかィ? スズランは〈黒蛇〉だ」
 胡坐をかいた膝の上に肘をついて、頬杖をつきながらのホオズキのその言葉に、タニアは弾かれたようにスズランへと視線を遣った。タニアだけでなく、ホオズキとアンドリュー以外のその場にいる全員の視線がスズランに向けられる。
 〈黒蛇〉は、ティルハを通して向こうにある国で生まれた種族だという。その特徴は何よりも、その高い戦闘能力だろう。生まれつき身体能力が高く、普通の人間よりも強い力を出せる。〈黒蛇〉の特徴はもうひとつある。それは感情が昂った時に、目が赤くなるということだ。
 そうだと、ギルバートもやっと思い出した。先程、玄関でホオズキとスズランが喧嘩をしていた時、その周りに立ち上る土煙と、二人の激しい動きとの二つとで、捉えるのも難しかったが、確かに赤い光を垣間見た。あれは、スズランの感情が昂った証拠――赤い目だったのか。
 スズランが〈黒蛇〉となると、その両親も二人とも、あるいはどちらかが〈黒蛇〉だったのだろう。だから爆弾魔とその父親は強行方法に出たのか。
 スズランが〈黒蛇〉だと聞いて、腑に落ちたことがもう一つある。それは、爆弾魔の最初の事件以来、人の犠牲は出なかったことだ。スズランの身体のあちらこちらにある火傷の痕、あれは、自分が世話になった人達を、爆弾魔から守ろうとした痕ではないか。〈黒蛇〉は戦闘能力だけでなく、治癒能力も優れているというから、大胆ともいえる方法に出たのだろう。
 ただ、タニアは、スズランが〈黒蛇〉だと聞いて、ギルバートとは違う感想を抱いたらしい。スズランを暫く凝視した後、恐ろしいものを見るような目でホオズキを見た。
「そのスズランさんと、毎日喧嘩してたんですか……?」
「ああ」
「ちなみに、勝敗は……?」
「3045回3045引き分け」
 勝敗はと聞かれた答えも、これまた、ホオズキとスズランの声が綺麗に重なった。と同時に、ちょっと嫌そうな顔になった二人が互いを見遣ったが、すぐに視線は外れた。仲が悪いんだかいいんだかわからんな、と、ギルバートは胸の中でこっそり呟いた。
「でもまあ、それで合点がいった。爆弾魔が事件を起こしてたのは、いつも山の近くだったからな。凶器にできるものがわんさかあったことと、山の中に逃げ込めることの二つとで、お前はいつも山の近くの村や町に行ってたんだな」
「そう。いちおう、母親に、わが身を守れるようにって銃を持たされたけど、弾には限りがあるから」
「だろうな。そうやってずっと逃げ回ってたってわけだ。そこで疑問なんだが、どうして殺さなかったんでェ? お前ならひとひねりだろうよ」
 頬杖をついていた手を外して、納得したことをひとつずつ挙げていったホオズキに、スズランも憮然とした表情で頷いていたが、ホオズキの最後の疑問を受けて、これでもかと嫌そうな顔になった。
「……騎士の言うことじゃないと思うけど、ここまで話したものね。正直に言うと、殺してやりたいと思ったことも、何度もあるわ」
「なら」
「一度、山の中にまで追いかけてきたあの野郎に、銃をぶっ放したことがあるのよ。それで何とか、次の町まで逃げられたんだけど、その町で遭った時、あの野郎、なんて言ったと思う?」
「さあ」
「『君が撃ってくれた足の傷は残念ながら、塞がってしまったけど、傷口の中に埋まっていた銃弾は、この通り、大事に首飾りにしているよ。これを見る度に、君の愛を一層深く感じるんだ』って、恍惚し切った顔で言われたわ」
「…………」
 再び沈黙が落ちた。
 心なしか、大広間にいる団員達の顔は蒼くなっており、中には恐怖の表情が浮かんでいる者もいた。
 ふう、と、深い溜め息をついたスズランが遠い目になる。
「あの野郎のことは、好きか嫌いかで言えば嫌いだけど、そこまでされると、もう嫌いを突き抜けたというか……」
「いやあああああ、それ以上は言わないでえええええ!」
「爆弾魔ってそんな恐ろしい奴だったの!?」
 タニアが堪え切れないと言わんばかりに声を上げ、それに倣うように、誰かがそんなことを叫んだ。
 全くもって同感だと、ギルバートも短くなった煙草を、持ち運んでいる灰皿に押し付けて火を消しながら思った。アイゼンハルド騎士団は、警邏と同様に、国を揺るがすような事件を片付けるのが仕事だが、今回の仕事はとんでもなく性質が悪く、とんでもなく面倒そうだった。このお嬢さんもつくづく、とんでもないものを持ち込んでくれたものだ。
 そんなことを思うギルバートの横で、スズランがホオズキを見ながら言った。
「ここまで話せば分かるでしょう? あの野郎は、わたしのすることなすこと、何でも喜ぶ変態なのよ。だからわたしは何もしたくない。殺すことさえもね」
 それからスズランは姿勢を正した。
「だからお願いしたいのよ。あの野郎を捕まえてほしい。できることなら、わたしの代わりに息の根を止めて欲しいとも思ってるわ。わたしも、いい加減に、逃げ回らなくていい生活が欲しいの」

拍手

PR
 back   home   next 
  
  

   admin/write
カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
小月 静夜
性別:
非公開
趣味:
読書、物書き、落書き、猫と戯れること
自己紹介:
オリジナル小説サイト「小鳥は森に歌う」の管理人。
バーコード
ブログ内検索
P R

Template by hx
忍者ブログ [PR]