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こんなにも正反対の男がいるものだろうか。
 スズランはつくづく思わずにはいられない。
 一人はホオズキだ。ホオズキもアンドリューも、スズランと同じミレという小さな村で生まれた。
 アンドリューは至って穏やかな性格で、父親が狩猟をしていたこともあり、小さな頃から、弓の腕は父親譲りで群を抜いていた。アイゼンハルド騎士団でも弓の腕を大いに発揮しているだろうことは聞くまでもなかった。
 ホオズキはと言えば、父親に似て爽やかな顔に生まれたものの、その中身は爽やかとは全く逆だった。顔はその者の性格を表しているというが、ホオズキに関してだけは違うらしい。何せ、その日最初にスズランの顔を見るなり、喧嘩を売って来るような子供だったからだ。ホオズキは、アンドリューを含む、村の子供達の大将――いわゆるガキ大将というやつだったから、スズランより自分の方が強いということを証明したかったのだろう。何せ、スズランの両親は二人とも〈黒蛇〉で、スズランも、例に漏れず、高い戦闘能力と身体能力を受け継いだのだから。村に生まれたどの子供よりも――いや、もしかすると大人を含む誰よりも、力持ちだったのが気に食わなかったのかもしれない。
 そんなふたりだったから、村の人々は、大人も子供も面白がって、どちらが勝つかの賭けまでしていた。子供達はと言えば、男の子はみなホオズキを応援して、女の子はみなスズランを応援するという盛りあがりようだった。ただ、アンドリューと、スズランの両親だけは、ふたりが喧嘩することが早くなくなるようにと思っていたようで、苦笑しながらも、賭けにも応援にも参加しなかった。この三人だけは、村の中で一番思慮深かったように思う。
 ただ、ほぼ毎日喧嘩するとはいっても、ホオズキとスズランの仲が悪いわけではなかった。村の人々がしきりに首を傾げていたことのひとつで、スズランは別にホオズキが嫌いというわけではなかったし、それはホオズキも同じようだった。というのも、その日最初の喧嘩が終わると――毎回引き分けになった――、二人ともけろりとして、何事もなかったかのように、その日の仕事を協力して終わらせるのが常だった。とはいっても、二人とも食いしん坊だったから、何かしらの宴があると、これまた御馳走の奪い合いで喧嘩することもしょっちゅうだった。
 いくら喧嘩をしても、スズランがホオズキのことを嫌いになれなかったのは、ホオズキがスズランのことを怒らせるのがうまいと同時に、スズランのことを喜ばせるのも、これまた一段とうまい子供だったからだ。村の子供の中には、ホオズキとよく喧嘩をするスズランのことを、生意気だとか可愛くないだとか、とにかく悪口を言ってくるような子供もいた。今思えば、あれは照れ隠しだったのだろうと思うが、まだ小さい子供にそんな言葉の裏まで読み取れるわけがない。そしてそんなふうにスズランに突っかかってきた子供に、ホオズキは拳骨を食らわせて黙らせることが多かった。時には頭突きを食らわせることもあり、途端に泣き出した相手の子供に、悪口を言いたかったら、スズランにいっぺん勝ってみろ、と、言い返したのだった。それを見ていたから、スズランはホオズキのことをたまに憎たらしく思うことはあっても、どうしても嫌いになれなかったのだ。
 そんなホオズキが、親が親戚の仕事の手伝いに呼ばれたために村を出ることになったのは、八年前だった。ホオズキもスズランもアンドリューも、同じ十歳になっていた。アンドリューは素直に寂しがったが、スズランはどちらかというとどこまでも現実主義的だった。
 お別れの挨拶に来たホオズキ一家に、スズラン一家も今までお世話になったことの挨拶を返したときに、「流石に寂しいんじゃないか?」と、スズランの父親に言われたが、それにスズランが返したのは、
「御馳走の分け前が増えるのは嬉しいけど、仕事の振り分け量も増えるのは嬉しくないかな」
 だった。
 それを聞いてむっとしたホオズキが喧嘩をふっかけてきて、スズランもそれを受けたものだから、そのせいでスズランの家の中が少しばかり悲惨なことになったのは言うまでもないだろう。
 ホオズキ一家が村を出ていってから暫くは、流石に物足りない日々を送っていた。村の子供の中には、当然と言うべきか、ホオズキと同じようにスズランの喧嘩相手になれるような子供はいなかったのだ。ただ、アンドリューに対してだけは、彼は弓の腕がずば抜けていたので、スズランは密かに尊敬していた。
 大人になったら会いに行ってみたらどうだ、と、両親に言われたこともあり、それもいいかな、と思い、村の仕事で少しずつお金を貯めていた。まさかそれを、逃亡資金に使うことになろうとは、その数月後までは予想だにしなかった。
 そう、あのくそ憎たらしい親子がやってきたのは、その数月後だった。
 最初は平凡な親子だな、と思った。おそらく、スズランだけでなく、村にいる全員がそう思ったことだろう。何せ、親子揃って、どこからどう見ても、ぱっとしない風貌だったのだ。ただし、羽振りはいいようで、身に包んでいるものはどれも上級そうなものばかりだった。
 村長のところへ挨拶しに行った親子は、その日からすぐにホオズキ一家が住んでいた家で暮らし始めた。村長の話によれば、その親子は裕福な商家で、花の商売が盛んだというアイゼンハルドの評判を聞いて、隣の国からやってきたという。この村に来たのも、アイゼンハルドの中心にある王宮がある街で店を構えるための準備だそうだ。だから暫くしたら、また村を出ていくようだと、親から聞いたと言うアンドリューから聞いた。
 親子が来てから数日は何とも思わなかったし、さほど興味も持たなかったが、水汲みに行った時に、子供の方に顔を見られたようで、三日後から、その子供にしつこくまとわりつかれるようになった。同じ仕事をしていた、アンドリューを含む子供達も、仕事がしづらいと、直接その子供に文句を言ったが、彼女は何も言わないんだからいいじゃないかという、何とも勝手な答えが返ってきた。この彼女というのは、言うまでもなく、スズランのことだった。
 同じ仕事をする子供達に迷惑をかけるからと、村の大人や両親にも説明して、しばらく村の仕事を休ませて貰うことになった。村長にも話し、村長から親子に話してくれることになったが、何をどう勘違いしたのか、親子はよりにもよって、その一週間後にスズランの家に来たのだ。一週間も間が空いたのは、その親子が王宮のある町に店を構える準備に忙しかったからだろう。あるいは、虫唾が走るが、結婚準備も兼ねていたのかもしれない。まだ子供なのにと思うが、あのくそ勘違い親子ならやりそうなことだ。
 そしてあの悪夢が起きた。
 夢ならどれだけよかっただろうと、何度も思う。
 だが夢ではないから、未だにあの夜のことを繰り返し夢に見て、何度も魘される。
 あの悪夢のような夜に、母親に銃を持たされて必死に逃がして貰ったスズランは、それから八年間というもの、ずっとあの親子から逃げ回る日々を送っていた。最初に逃げた先の村では、アンドリューやホオズキと同じように、一人息子のいる家に匿って貰った。優しくて親切な人たちだったが、その家からも出なければならなかった。何をどう調べたのか、その家にもあの親子がまたやって来たからだ。事件は新聞でも大々的に取り上げられたし、警邏も動いていたはずだが、その捜査網をどうかいくぐったのか。いや、もしかすると、警邏の動きを察知したからこそ、素早く行動に移したのかもしれない。
 真偽はともかく、幸いなことに、逃げた先の村は、山の麓にあったから、大きな岩はそこらじゅうに転がっていた。というより、そこらじゅうに岩があるために、その村は逆にそれらの岩を利用して住まいをつくっていたのだ。その親子を見たスズランは、咄嗟に世話になっていた家のすぐそばにあった岩を持ち上げて投げつけた。その隙に家の人々を連れて――スズランを誑かしたんじゃないかと、あの親子に勝手な言いがかりをつけられて、狙われるかもしれなかったからだ――、隣の町まで逃げ、その町で世話になった家の人々に、これでもかと謝って、自分のせいで狙われるかもしれないから、とにかく親戚のところか警邏のところか、安全なところに逃げてくれと言って、それからお礼を言って、そこで別れた。
 それからも同じことの繰り返しだった。逃げる先々でお世話になった人達は、運がいいことに、良心を持った人達ばかりで、彼らの親切に預かれた御蔭で、食べられない心配もなかった。逃げた後には怪我もしていたから、治療を受ける必要があったが、スズランの治療も惜しむことなく受けさせてくれた。だというのに、その先々に、疫病神の如く、あの親子は、いつまでも、どこまでもまとわりついてきた。
 また逃げないといけなくなる度に、スズランは、お世話になった人達を必死に助けて、精一杯謝って、精一杯礼を言った。それでも、きっと彼らは、スズランのことが憎いことだろう。それまで自分達が築き上げてきたものすべてを捨てざるを得なくなったのだから。せめて彼らが、あの親子に目をつけられずに無事でいて欲しいと思う。
 今思えば、あの親子が捜査網を掻い潜り抜けて来られたのは、当時、アイゼンハルドの国王だった、ゴルドイ・アイゼンハルドの贔屓があったのだろう。ゴルドイ・アイゼンハルドは、常に隣国であるティルハ、その国を治める四大貴族の一つ、クラウド家に怯えていた。正確には、死神と呼ばれている、クラウド家の長男でありながら、クラウド家当主ではなく、ティルハ騎士団団長におさまっている、バルト・クラウドという男に。死神と呼ばれるほどの存在がいるのなら、いつかアイゼンハルドもやられてしまうかもしれないと危惧していたのだ。被害妄想も甚だしいと思うが、権力者でなければ一笑に付しておしまいだったろう。国王という権力者であったから、その権力を利用して、ゴルドイ・アイゼンハルドは、密かに武器を買い集めていたのだ。そしてその密売には、あの馬鹿親子も絡んでいた。裕福な商家だというあの親子は、武器の商売で富を手にしていたのだ。そしてその噂を聞きつけたゴルドイ・アイゼンハルドが、わざわざ隣国からあの親子を呼び寄せ、そうして武器を買い付ける代わりに、あの親子の保護に一役買った。だから警邏や騎士団がどれだけ全力を上げても、あの親子は一向に捕まらなかったのだ。
 この逃亡生活はいつまで続くのだろう。
 何度目になるか分からない、新しい町に、新しい火傷をこさえながら向かったスズランは、ふと通りがかった店で、店先にある棚の中にさしこまれた新聞の一面の記事を見て目を疑った。藍花草の商売によって利益を得ていたオズワルド・リウリルが捕まったこと、そしてそれと並ぶように、ゴルドイ・アイゼンハルドが退位を迫られたことが書かれていたからだ。更に、ゴルドイ・アイゼンハルドの娘であるマーラ・アイゼンハルドが父の後を継いで、新しい王になったことも。
 思わずその新聞を手に取り、店台に向かって代金を支払ったところで、店台についていた店主に、それとなくどこかに空いている部屋はないかと聞いてみた。また逃げる羽目になるかもしれないが、少なくとも、前の村から逃げてきたばかりだから、あの親子もすぐには来られないだろう。あの勘違い親子が媚を売っていただろうゴルドイ・アイゼンハルドがいなくなったとなれば、あの親子もおさらばする算段を立てるかもしれないが、だからといってスズランを諦めるとはとても思えない。かなり迷惑な話ではあるが、逃げるならスズランも一緒に連れて行ってあげようと、あの親子なら考えかねないのだ。
 あの親子を保護していたゴルドイ・アイゼンハルドがいなくなったのなら、警邏も騎士団もやっとというか、ようやくというか、晴れてあの親子を捕まえられるだろう。スズランがまたあの親子に見つかるのが早いか、それともあの親子が捕まるのが早いか。あの親子が捕まるまでに、何としても逃げ切りたかった。
 だがスズランのその予想は、初っ端から外れた。
 なぜなら、新聞を買い求めた店の店主が、「空き部屋ならうちにもありますよ。よかったらうちの部屋を使いますか」と提案してくれたのだ。ちょっと躊躇ったが、それならと受けようとしたスズランが自分の名前を名乗ったところで、なぜか、店主は意外なことを聞いたというように、ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、念を押すように尋ねてきた。
「スズランさん? 間違いないですか?」
「ええ。……何か?」
「ああ、いえ、もしあなたが来たら、伝えてくれって言われたんです。それと手紙も預かってまして――ああ、これです」
 言いながら、ごそごそと、客側には見えない店台の内側を探していたかと思うと、店主はひとつの白い封筒を手に持っていた。それをスズランに差し出しながら、伝言を頼むと言われた人物の名前を告げる。
 それを聞いて耳を疑ったスズランに、店主は苦笑と共に、続けて伝言の内容を語った。
「『アイゼンハルド騎士団に来い。おまえの代わりに、俺がそいつの首をとってやるから』と。――物騒なことを仰ると思いましたが……」
 それもアイゼンハルド騎士団の第二師団団長なら仰りそうなことだ、と、店主は苦笑を深めた。
 スズランは驚きのあまりに言葉どころか、声も失った。自分のことを追いかけていたのは、あの馬鹿親子だけではなかったのか。――村を出てからも、自分のことを気にかけていたのか。
 店主から受け取った封筒を開けて、中の手紙を取り出した。手紙も至って単純なもので、封筒の二倍の大きさの紙を半分に折ったものだった。それを広げて見れば、そこには確かに、見覚えのある文字が書かれていた。
『今ならお前に勝てる自信がある。お前の悔しそうな顔を見るのが楽しみだ。ホオズキ』
 思わずその手紙をぐしゃりと握り潰したスズランを責める者は誰もいまい。
「あ……あの……」
 びくりと身を竦ませた店主に、スズランは、少しばかり頬を引き攣らせながらも、なんとか笑みを浮かべた。
「ああ、すみません。有り難うございます。伝言通り、アイゼンハルド騎士団のところに行くことにします」
「そ……そうかい」
 気をつけてな、と、店主に見送られながら、スズランはその足でアイゼンハルド騎士団の詰所に向かった。
 そしてホオズキと再会した。
 スズランがあの馬鹿親子に見つかるのが早いか、それともあの馬鹿親子が捕まるのが早いかというスズランの予想はどちらも外れた。どちらよりも、ホオズキがスズランを見つけるのが早かったからだ。
 アンドリューもスズランのことを捜していたと聞いたが、そのアンドリューよりも、ホオズキは一手先も二手先も打っていたことになる。何せ、スズランが逃げていた町や村に向かっては、スズランの行方を尋ねていたアンドリューとは違い、ホオズキは、爆弾魔が事件を起こしていた町や村――いずれもスズランが身を隠していたところだ――から、スズランが次に逃げるであろう先に先回り、スズランに確かに伝言が渡るようにしたのだから。
 スズランから全てを奪い、それでもなおも追い詰めようとするあの親子――特に馬鹿息子――とは、正反対の男だ。
 だから嫌いになれない。
 アイゼンハルド騎士団の詰所で、詰所にいる全員に事情を話し終えた後、どこかの部屋を借りて休ませて貰おうと思ったスズランだが、そんなスズランに、ホオズキが立ち上がりながら言った。
「俺はこれから見回りなんだが、スズラン、お前も来るか」
「……ちょっと休ませて貰おうと思ったんだけど」
 正直にそう返すと、そうか、と、ホオズキは少し残念そうに息をついた。
「そいつは残念だ。見回りの途中にはうまいものを売ってる店が多いんだがねェ。特にオウメ通りの先にある店じゃあ、肉巻きおにぎりがうめえし、そういや、オウメ通りの反対にあるツツジ通りの真ん中にある店のカツオ焼きも旬だったか。ああ、そういえば、アジサイ通りの向こうにある橋の先に、おいしい林檎飴を売ってる店があるって言ってましたね、ギンさん」
「行く」
 扉のすぐそばにいた、第一師団団長であるギンを見遣りながら、そう言葉を並べ立てたホオズキに、スズランはあっさりと意見を翻した。
 二人のその様子を見たアンドリューを含む騎士達が何とも言えない顔になったのは言うまでもない。
 ああ、これだから、この男は――。
 じゃあ来い、と促すホオズキの後をついていきながら、スズランは思った。
 スズランを怒らせるのもうまいくせに、それと同じくらい、スズランを喜ばせることもすごくうまい。

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