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スズランがアイゼンハルド騎士団の詰所に来た次の日。
 スズランはアイゼンハルド騎士団の詰所の一室を借りていた。いつ爆弾魔が来るか分からないし、また、爆弾魔から身を守るためには、アイゼンハルド騎士団の詰所の中にいるのが一番いいだろうと、ギルバートを始め、アイゼンハルド騎士団の一致した意見だった。
 スズランが爆弾魔に狙われているということは、新しく女王となったマーラの護衛のために王宮へ行っていた、アイゼンハルド騎士団団長であるオーキッドにも伝えられた。オーキッドはスズランの話が本当なのかと、至極尤もな疑問を零したが、ホオズキとアンドリューの証言もあり、最終的にはスズランの滞在と、爆弾魔を討つことの許可を出した。爆弾魔を討つことの許可は、オーキッドだけでなく、新しい女王であるマーラ・アイゼンハルドからも下りた。
 また、スズランが来たその日の夜には、爆弾魔が来た時に備えて、入念に作戦が練られた。爆弾魔はその名の通り、様々な爆弾を所有しているため、できるだけ被害を最小限に抑え、かつ、短時間で爆弾魔を捉えるにはどうすればいいか、様々な意見が交わされた。爆弾魔が所有している爆弾の情報については、スズランが一番知っているため――彼女にとっては不本意以外の何ものでもないだろうが――、スズランも、作戦の話し合いに参加した。その際に、彼女が密かにある決意をしていたと知るのは、爆弾魔が来た時だった。
 同時に、爆弾魔の似顔絵も作成された。爆弾魔の顔を知っているのは、これまたスズランだった。アンドリューも子供の頃の爆弾魔の顔を覚えているものの、何しろ子供の頃の記憶なので、あいまいなところもある。スズランの証言に基づき、絵がうまい団員の手によって作成された似顔絵は、必要な枚数が刷られ、詰所のあちらこちらに貼られた。詰所だけでなく、町中にも貼りだしたらどうかという意見もあったが、それではホオズキがスズランと一緒に見回りに行った甲斐がないと、ホオズキとアンドリューの反論によって却下された。
 そう、ホオズキがスズランを連れて見回りに行ったのは、スズランにうまいものを食べさせるためではなく、スズランがここにいるということを爆弾魔に知らせるためだった。そのため、見回りの途中で、新聞の記事を書いているという記者に呼び止められ、あれこれと質問を浴びせられても、嫌な顔一つせず、むしろ喜んで応じた。新聞に取り上げてもらえれば、スズランの居場所を知った爆弾魔がのこのことやってくるだろうと踏んでのことだった。ただし、スズランは流石に複雑そうな様子ではあった。何せ、ホオズキと二人で写っている写真も撮られたのだ。幼馴染ではあるが、恋人同士でもないのに、親しげに立ち並ぶ写真を撮られるというのは、よからぬ噂の種にもなりかねない。それでも撮られたのは、彼女が言っていた通り、逃げ回らなくていい生活が欲しいからだろう。八年間も逃げ回らざるを得なかった彼女の今までの日々を思うと、騎士としても、ひとりの人間としても、忸怩たる思いが湧いてくる。
 ホオズキがスズランを見回りに一緒に連れて行ったのは、もうひとつ理由がある。それはユズリハが経営する店に連れていくためだ。スズランは今までの逃亡生活で、身体のあちらこちらに火傷を負ってしまっている。治療はできるだけ受けてきたとスズランは言うが、それでも火傷の痕までは消えなかった。その火傷の痕をできるだけ薄めるような塗り薬か何かはないだろうかと、ホオズキはユズリハに相談したのだ。ユズリハはギン以外にも騎士が来たことに驚いたようだが、それよりも、ホオズキがスズランに買ったばかりの林檎飴を食べさせていたこと――スズランの両手には、ユズリハの店に来る途中であちらこちらの店でホオズキに買って貰った食べ物が入った紙袋で塞がっていた――に、もっと驚いたようだった。驚いたというよりは呆れていたんでしょうね、とは、ギンの言だ。
「ねえ、騎士団って、いつから動物園になったの?」
「いや、そういうわけじゃねえんだが」
 ホオズキの要求を受けて、火傷に効果があるという塗り薬を作っていたユズリハにもそう言われては、ギンも苦笑するしかなかったようだ。
 とにもかくにも、そうして爆弾魔を捕まえるため――あるいは、討つための準備を着々と進めた。爆弾魔が来た時、スズランが詰所のどこに身を隠すかも決められた。また、詰所の周りには、いつもなら人々の往来があるのだが、今日に限ってはそれがなかった。あらかじめ、朝早くに、詰所には近付かないようにという通達を、詰所と王宮から町中に出したためだ。爆弾魔が来たら、無関係の通りがかりの人々まで巻き込まれかねない。スズランが何よりも危惧していたのもそのことだった。そのため、今日からしばらくの間、爆弾魔が来るまでは人々は詰所に近付かないことになっている。
 爆弾魔が来たらすぐさま知らせることができるよう、詰所の玄関に近い塀の上に設けられている見張り小屋――とはいっても、大人三人ほどが身を屈めなければ入れないほどの小さな部屋だが――にも、見張りが置かれた。その部屋は、塀から少し出っ張っているぐらいで、遠くから見たら何かしらの飾りかと思う程度のものだ。まさか、その中に人が潜り込んでいるとは思わないだろう。
 昼を回った今は、昼餉もあるため、交代の時間だから、アンドリューが見張りに入った頃だろう。
 ギルバートが執務室の中、執務机でそんなことをつらつらと考えながら、新しく来た報告書に目を通そうと、手にしていた書類を、机の左に置いている箱――処理済みや捺印した書類を入れるためのものだ――に置いたところで、部屋の隅にある仮眠のための小さな寝台の上でうつらうつらと舟を漕いでいたスズランが身を起こした。
 どうした、と、ギルバートが聞こうとするより先に、俯いた顔、その瞳に剣呑な光を湛えながら、スズランはぼそりと零した。
「嫌なにおいがする……」
 どういうことだとギルバートが問うよりも、これまた、スズランが行動を起こすのが早かった。寝台から降りるや否や、執務室を飛び出して玄関の方へと向かったのだ。
 嫌なにおいって、一体何を嗅ぎつけたんだと思いながらも、ギルバートも反射的に椅子から立ち上がっていた。スズランがあんなにも敏感に反応することなど、たったひとつしかないではないか。
 果たして、ギルバートのその予想を肯定するかのように、次の瞬間、かんかんかんかんと、けたたましく警鐘が響いた。見張り小屋の中にある、大人の顔ほどの大きさの鐘が撞かれたのだ。さほど大きくない鐘だが、より純粋な銅で作られているため、その音は詰所から離れている王宮にも届く。
 爆弾魔が来たのだ。
「あ、ギルバート副団長!」
「おう。来たみてえだな」
 廊下に出ると、今の警鐘――今も鳴り響いている――を聞いて飛び出してきた多くの騎士と鉢合わせた。鉢合わせた騎士達は全員、その顔に緊迫した表情を浮かべている。おそらく自分も同じように剣呑な顔になっているだろうと思いながら、ギルバートは、行くぞ、と、騎士達を促し、玄関の方へと足を走らせた。
 そうして玄関に――いや、正確には、玄関が見えるところまで走ったギルバート達が目にしたのは、スズランが自分の身長よりも大きいもの――玄関のすぐそばに設置されていた、初代団長の像――を、玄関に向かって投げつけるところだった。貴重な像を投げつけるもんじゃないと、こんな時でなければ止めるところだが、ギルバートどころか、その場に駆けつけた騎士達は誰も止めなかった。というより、止める間もなかったと言うべきか。
 だがスズランが投げつけた大きな像は、玄関先に落ちて粉々になることはなかった。その前に、まるで花火でも投げつけられたかのように、大きな爆発音と共に飛び散ったからだ。
 その爆発と共に、玄関の役目を果たしていた門扉も衝撃を受け、そのすぐ上に設けられていた見張り小屋も吹っ飛んだが、その直前にその出入り口から飛び出した人影があった。
 警鐘を受けて、詰所にいるほぼ全員が玄関に駆けより、スズランを守るようにして玄関を囲む中、スズランの傍に駆けつけてきたホオズキが、いつでも抜けるように、腰に差している刀の柄に手を掛けて構えながら、たった今見張り小屋から飛び降りてきた人影に声をかけた。
「無事か、アンドリュー」
「なんとか」
 ホオズキに声をかけられたアンドリューは、玄関で未だに立ち上っている土煙を吸い込んだせいだろう、軽い咳を繰り返して呼吸を落ち着けながらも、そう返した。
 緊迫した空気の中、土煙がおさまると、そこには一人の青年が立っていた。まだ成人してもいないだろう。スズランとアンドリューの証言通り、彼は二十歳前のようだった。今の爆発さえなければ、どこにでもいるような普通の青年だと思うだろう。だが、茶色の髪に茶色の瞳を持つその青年の身体には、背負い鞄と、更に腰周りにも幾つもの巾着袋が下げられている。その中には考えたくもないだろうものが山と詰め込まれているだろうことは想像に難くなかった。
 騎士達に取り囲まれているという異常な状況にもかかわらず、彼は、目敏くスズランを見つけると、破顔一笑した。
「ああ、やっぱりここにいたんだ。迎えに来たよ、スズランさん」
 スズランは当然ながら、一言も答えない。ただ暗い瞳を向けるだけだった。
 だが、招かれざる客人はどうやらそれを都合のいいように捉えたらしい。
「どうして女の子はそんなに恥ずかしがりなのかな。なにも隠れなくてもいいのに。安心して出ておいでよ、スズランさん」
 ふう、と、小さく息を吐いてから、彼は満面に笑みを湛えた。
「僕と君の邪魔をしようとする奴らは、僕が皆殺しにしてあげるからさ」
 尋常ではないことをのたまってのけた彼に、ギルバートを含む騎士達全員が息を呑んだ。スズランも、その顔にはっきりと嫌悪の表情を浮かべている。ただ、スズランの近くにいた騎士達は、別の意味でも震え上がったらしい。なぜなら――
「こんのクッソ野郎……」
 スズランとホオズキが異口同音にそう零したからだ。
 運悪くもふたりの傍にいたアンドリューとタニアの顔が蒼白になったのは言うまでもない。
「スズラン、隠れてろ。あの野郎は俺達が仕留める」
「ええ、お願い」
「おう」
 早くも刀を抜いて戦闘態勢に入ったホオズキにそう促され、スズランも素直に従い、あらかじめ決めておいた身の隠し場所へ向かうべく、踵を返した。
「昨日の今日とはねェ。どうします、ギルバートさん? 聞くまでもないでしょうが」
「全くだな」
 ギルバートの隣に来ていたギンが、ホオズキと同様に刀を抜いて戦闘態勢に入りながら、そう尋ねてきた。ギルバートも、口に銜えていた煙草を吐き出し、足で踏み潰して火を消しながら、情状酌量の余地はなしと、冷酷な判断を下した。
「野郎どもに告げる! 全力を挙げて、あの爆弾魔を討ち取れい!!」
 ギルバートの大声が詰所に響いた。

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