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真っ先に爆弾魔に斬りかかろうと飛び出したのは、ギンとホオズキだった。
 アイゼンハルド騎士団副団長であるギンは、その地位から知れる通り、騎士団の中でも無謀、あるいは命知らずと紙一重を走る無鉄砲を誇る。それゆえに幾つもの功を上げて来られたわけだが、無鉄砲さという点ではホオズキといい勝負だ。かくいうホオズキも、オーキッドとギルバートが白旗を上げるほど、何かしらの任務の度には、こちらが止める間もなく、我先と言わんばかりに飛び出すことが多いからだ。たとえその先に恐ろしい凶悪犯がいたとしても、幾つもの罠が仕掛けられていようとも。
 だからこの時も、飛び出してしまえば、爆弾が投げて来られると分かっているはずだが、相手はこちらとは違い、騎士ではない。戦闘も修羅場も知らない素人だ。隙があるとすればそこだった。
 案の定、今まで向こうから飛びかかって来られたことはないのだろう、爆弾魔――名はマイケルというらしい――は、驚きながらも、咄嗟に腰に下げていた巾着袋に手を突っ込み、その中から丸い爆弾を取り出した。慣れた動作で――嫌な慣れを身につけてくれたものだが――、その先にある導火線に、おそらく指先に紙やすりのようなものをつけているのだろう、両手の指をこれまた器用に動かして火を起こし、そうして火をつけたそれを、飛び出してきた二人に投げつけた。
 だが、ギンとホオズキ、二人の目には、その間のマイケルの動きはとんでもなく遅く、鈍く見えたことだろう。自分達に投げつけられた爆弾の動きも。だから二人が素早く刀を薙いで、爆弾の導火線を斬り落とすのも造作もなかった。
 そしてそのまま、足を緩めることなく、マイケルに斬りかかろうと距離を詰めていく。
 マイケルは小さく舌打ちしたようだった。それでもスズランに未練があるのだろう、後ろにある門扉――今はその痕跡すら怪しいが――から逃げることはせず、横へと方向転換して走り出した。騎士達から身を隠す場所を探すつもりなのだろう。
 マイケルがどう動くかは、昨日一日中作戦を練っていたため、その方向転換は予想通りだった。マイケルが詰所の中に入ってくれさえすれば、騎士達の何人かが怪我をするかもしれないが、無関係な一般市民に被害を出さずに済む。
 とはいえ、そのままどこかに身を隠そうとするマイケルをギンとホオズキが放っておくはずがない。これも作戦のうちで、逃げ場がないところまでマイケルを追い込むのが最終目的だ。その前にやらなければならないことは山ほどある。
 作戦を頭の中で何度も反芻しながら、自分もやるべきことをやろうと、刀を抜いたギルバートに、アンドリューが深い溜息と共に言った。
「相変わらず、見ていてひやひやします」
「全くだ。アンドリュー、お前も早く位置につけ」
「はい。お気をつけて」
「おう」
 そんなやりとりを交わした後、アンドリューと数人の騎士達が、ギルバートの言った位置につこうと、踵を返して足早にその場を後にした。
 詰所の中で逃げ場のない場所は限られている。
 銃弾や大砲、大砲に使う砲弾、様々な刀剣、大きさの様々な弓矢、何本もの矢など、あらゆる武器を置いている武器庫の中や、詰所を取り囲んでいる高い塀に囲まれた行き止まり、また、大広間に面するようにしてある大きな庭――といっても、外の水路に通じる池とその傍に立つ大きな桜以外は何もないが――など。その中でマイケルを追い詰めようと決めたのは、高い塀に囲まれた行き止まりだった。武器庫だと、その中にある武器を手にとって思わぬ反撃に出て来られる恐れがあるし、庭では、池に飛び込んでまんまと逃げられる可能性があるからだ。行き止まりであれば、確実に逃げ場所はなくなる。
 ただし、追い詰めるだけではない。その間、マイケルがスズランを捕まえてしまっては元も子もない。人質にされることもそうだが、最悪の場合、無理心中をしようとすることも考えられる。スズランの気持ちをどこまでも無視するのがあの爆弾魔の得意とするところだからと、作戦を練っている途中でスズランが嫌そうに零していたくらいだ。
 そのため、騎士達がマイケルを追い詰める間、スズランの身の安全も確保しなければならない。アンドリューとホオズキがやけに何度もスズランに念を押していたのが気になったが、スズランも承知していたし、何より、時間がかかってはまずい。
 ギルバートもアンドリューたちと同様に、マイケルから逃げ場所を奪おうと、その場に残った騎士達全員と共に、マイケルが逃げ込んだ方向へと動いた。こちらの動きで、マイケルから逃げ場所を奪いつつ、かつ、こちらが追い詰めたい場所――行き止まりへと誘導するのが狙いだ。
 アンドリューとやりとりをしていた間も、マイケルを追い詰めようと、あらゆる逃げ道を塞いでいる間にも、先程のような――マイケルが門扉を爆弾で吹っ飛ばしたような爆発音は一度も起きなかった。マイケルを追い詰めているギンとホオズキが、マイケルから投げつけられただろう爆弾の導火線をうまいこと切っていっているのだろう。その証拠に、ギルバート達がマイケルの方へと近付いて行く間に導火線の切れた、大小や形様々な爆弾があちらこちらに落ちているのが視界に入った。後片付けも手間かかりそうだな、と、ギルバートは内心で密かに悪態をついた。
 しかし、もっと悪態をつきたくなることは、その後に起こった。
 逃げ道を塞ぎながら進み、ようやくマイケルを追い詰めるギンとホオズキに追いついたのは、行き止まりに近い、塀と詰所の間にある通路の一つだった。通路とはいっても広く、大人五人が並んで通れるほどの幅がある。どの通路でも同じく幅がとられているのは、万が一の時に、大砲などの大物の武器をどこからどこへでも運べるようにするためだ。
 マイケルはと言えば、手持ちの爆弾が尽きかけてきたのか、身体のあちらこちらにつけている荷物はだいぶ少なくなったようだった。特に背中に背負っている背負い鞄も、門扉にいた時とは大違いに、だいぶ小さくなっている。ギンとホオズキに追いかけ回されたせいで、息もだいぶ荒くなっている。どこに逃げ込もうかと、その気になればひとっ飛びで斬りかかることのできる距離の先にいる二人――ギンとホオズキの動きに神経を払いながらも、同時にどこかに逃げ道がないかとも探している。まさに追い詰められた鼠だ。
 ギンとホオズキの後ろから更にギルバート達が来たことで、更に窮地に追い込まれたことを悟ったのだろう、ギンとホオズキの向こうにいるマイケルの顔に初めて焦燥の表情が浮かんだ。おそらくスズランも一度も見たこともないだろう。それも考えてみれば当然のことだった。マイケルは今までスズランたった一人を追いかければよかったはずで、今のように大勢――それもマイケルとは違い、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた騎士達――に、逆に追いかけられることなど、一度もなかったはずだ。
 そんなマイケルに、ギンが愉しそうに言った。
「観念したらどうでェ?」
 その声からして、ギンの顔はこちらからは見えないが、その口元には見る者を戦慄させる薄い笑みが浮かんでいるだろうことは容易に察せられた。つくづく、こういうときだけは楽しそうになる奴よ――と、ギルバートは噛み締めた。
 そんなギンに、マイケルは悔しげに顔を歪めたかと思うと、背中に手を突っ込んだ。背負い鞄がだいぶ小さくなっているところから察するに、もうさして手持ちの爆弾はないはずだが、まだもっと小さい爆弾を持っているのかもしれない。
 油断はできないと、一層気を引き締めたギルバートのその予想を肯定するように、案の定、背中から戻したマイケルの手には、掌にのるような小さいもの――手布《ハンカチ》を小さく折り畳んだようなものが握られていた。ただし、手布と違うのは、それが、今まであちらこちらの地面に落ちていた数々の爆弾と同様、茶色い紙のようなもので幾重にもぐるぐると貼り固められたものだった。それも爆弾だと言うことは、聞かずとも、嫌でも知れた。しかも導火線もないときている。
「これでもくらえ!」
 やけくそになったのだろう、そう叫びながら投げつけた小さな爆弾に、ギンとホオズキは申し合わせたように舌打ちを零した後、咄嗟に後ろへと下がろうとした――が。
 運が悪かったのか。
 それとも、単なる偶然だったのか。
 詰所の床下から、一匹の子猫が出てきた。
 その子猫が出てきたのは、ちょうど、ホオズキが下がろうとしていた場所だった。
 それを見てとったホオズキが咄嗟にその場に足を踏ん張ったが、思わぬことにホオズキの身体がついていけなくなったために均衡を崩し、ホオズキはその場に尻餅をついた。
 子猫は驚いてまた床下の中に戻って無事だったが、ホオズキも無事でいられるわけがない。そのままでは、マイケルの投げた小さな爆弾がホオズキに当たることは見えていた。
 マイケルの顔にしてやったりと言わんばかりの表情が浮かぶ。
 ギンが慌ててホオズキに駆け寄り、その身体を自分の方へと引き寄せようとしたが、それより先に、ギンとは反対の方から飛び出してきた人影があった。
 その人物――スズランは、両手を大きく広げて、ホオズキの前に立った。
 次の瞬間、爆発音と、鮮やかな紅と共に、スズランの左腕が吹き飛んだ。
「スズラン!!」
「スズランさん!!」
 騎士達の悲鳴じみた声があがった。
 ホオズキに凭れかかるようにして倒れたスズランの許に、流石に作戦も忘れて、ギルバートを含む騎士達が駆けつけた。その間にマイケルが反撃に出るか、あるいはこれ幸いにと逃げるかもしれないという考えはなかった。それほど、今の出来事は誰にとっても予想外だったのだ。
 痛みが激しいのだろう、スズランは悲鳴どころか、声も出すことができないようだった。いかに想像もつかない痛みがスズランを襲っているかは、彼女の顔を見れば明らかだった。
 嫌な汗を流すスズランを支えながら、頭にぐるぐると布を巻きつけていた騎士から、頭に巻いていた布を渡されたホオズキは、それを手早い仕草でスズランの血が流れ続ける左腕に押さえるように巻き付けた。
「タニア、この馬鹿を医務院に連れてけ」
「は――はい!」
 今までで一番剣呑な表情を浮かべたホオズキに言われて、タニアは震えあがりながらも、威勢の良いその返事と共に、ホオズキからスズランを抱え受け、なるべく彼女の身体に負担がかからないようにと、慎重に、しかし迅速な動きで詰所の裏口へと向かった。
 それを見届けた後、尻餅をついたホオズキが、そばに落ちていた刀を拾い、ゆらりと立ち上がった。ホオズキのその顔はとても静かだったが、だからこそ、誰もが容易に近付けないような雰囲気を纏っていた。ギルバートも、その場にいる全員の騎士も、その空気を何と呼ぶのかを知っている。
 殺気だ。
 怒らせたらまずい一人であるホオズキを、よりによって、マイケルは怒らせてしまったのだ。
 そのマイケルはと言えば、更に反撃に出ることも、逃げることもせず、その場に呆然と立ち尽くしていた。
「スズランさん……。嘘でしょ……」
 ホオズキを始め、ギルバート、ギン、騎士達がそちらへと振り返ると、マイケルの口からそんな言葉が零れた。
 どうやらマイケルにとっても、今の出来事は思いもよらなかったものらしい。
 と、突如、マイケルは何かしらの衝動に駆られたように――実際、ホオズキと同様に、殺意が湧いてきたのだろう――、素早い動きで背中に手を回した。導火線のない小さな爆弾はまだ隠し持っているらしい。
「嘘だ……。スズランさんが他の男を庇うなんて……! 今すぐ殺してやる!」
 言いながら、ホオズキに投げ飛ばしたときよりも多くの小さな爆弾を両手いっぱいに持ったマイケルが、怒りに任せてこちらに投げつけようとしたその時だった。
 空から水が降ってきた。
 雨ではない。文字通り、大量の水が降ってきたのだ。そしてその大量の水は、見事にマイケルに的中し、マイケルをずぶ濡れにした。
「なっ」
 大量の水が降ってきたことに、また虚を衝かれた形になったマイケルは、その両手いっぱいに小さな爆弾を投げつけようとした姿勢のまま固まった。両手いっぱいにある小さな爆弾だけではなく、まだ隠し持っているであろう爆弾も、今の降ってきた水で使い物にならなくなったことも悟ったに違いない。
 やっと加勢が来たことを知ったギルバートが塀の向こうに叫んだ。
「遅えぞ、消防団!」
 すると、それに答えるように、何か大きなものを動かすような音が複数聞こえてきた。
「これでも鐘を聞いてすぐに駆けつけたんでい! 野郎ども、もっと押しやがれ!」
 ギルバートの言葉にそう返した太い声に応えるように、更に多くの水が塀の向こうから降ってきた。
 アイゼンハルドは、花園という異名がある通り、花の国だ。そのため、多くの家では思い思いに花を庭で育てている。あちらこちらの家々に水を引くため、アイゼンハルドの町や村では至るところで水路がつくられ、どこからでも水を出せるようになっている。詰所でも例外ではなく、火事などに備えて、塀の向こうの通路のすぐそばに水路がもうけられているのだ。
 また、騎士団は、爆弾魔であるマイケルが必要以上に爆弾を使わないように、爆弾を使い物にならなくしたいとも考えた。そのため、詰所に人が近付かないように王宮にも伝達の協力を要請したと同時に、消防団にも協力を要請したのだ。爆弾魔が来るから、その時は近くの水路から水を引いて、水を降らせてほしいと。
「くっ……!」
 まさに四面楚歌ともいうべき状況に追い込まれたと嫌でも悟らざるを得なかったのだろう、マイケルは悔しそうな声を漏らしたかと思うと、ギルバート達の来た方向とは反対の方向へと逃げようとした。
 だがそうは問屋が下ろさないというように、次の瞬間、マイケルの手足に数本の矢が刺さった。
「なっ」
 信じられないというように、その場に崩れ落ちたマイケルは、どこから矢が飛んできたのかを確かめようと、素早く周囲に目を走らせた。やがて止まったマイケルの視線の先、マイケルに矢を打ち込んだのは、マイケルから見て真正面――詰所の屋根の上だった。そこには弓を得意とするアンドリューを始め、数人の騎士達が弓を番えており、新しい矢を構えているはずだ。
「放てい!」
 果たして、アンドリューの声が屋根の上から響いたと同時に、新しい矢がマイケル向かって放たれたが、マイケルも黙って受けるわけがない。先程、矢を放たれたときに無事だった右腕と左足をなんとか動かし、なおも逃げようとしたが、それよりもホオズキが動くのが早かった。
 ホオズキはひとっ飛びで距離を詰めたかと思うと、マイケルに向かって、冷酷に刀を振り下ろした。
 スズランと同様に、鮮やかな紅が散った。
 スズランと同じ左腕を斬り落とされたマイケルの口から、耳を塞ぎたくなるような、無様とも思える悲鳴が上がった。
「情けねえなァ。スズランは悲鳴ひとつ上げなかったぜ?」
 その場に倒れて、切られた左腕を押さえながら、あまりの痛みにのたうち回るマイケルに、ホオズキはその顔と違わぬ冷たい声を浴びせた。だがそれも、衝撃と痛みの方が勝っているのか、マイケルには聞こえなかったようだった。
 しかし、やがて自分の周りを騎士達が囲むと、流石に気付いたのだろう、愕然とした表情を浮かべたマイケルの顔が上げられた。
「何で。何で。何で、何で――」
 左腕を押さえたまま、身体をぶるぶると震わせながら、マイケルは理不尽だといわんばかりに叫んだ。
「何で邪魔するんだよおおお! 何でいつも、赤の他人が、何で僕の幸せの邪魔をするんだよおおお!!」
 この期に及んでも、なおも自分のことしか考えないマイケルに、同情も憐れみも持った騎士はいなかった。スズランと幼馴染のホオズキとアンドリューにとっては尚更だったろう。
「お前が幸せになっても、あいつは幸せじゃねえからだよ」
 それが、マイケルが最後に聞いた言葉だった。
 冷たく告げると、ホオズキは何の躊躇いもなく、マイケルの首を刎ねた。


 新聞の一面に「爆弾魔は付き纏い魔だった」という大きな見出しが載ったのは、その翌日のことだった。

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