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爆弾魔であり、その実は付き纏い魔でもあったマイケルが討ち取られ、爆弾魔の脅威が去ったことが新聞などで大々的に報じられ、人々が安堵に胸を撫で下ろす中、素直に喜べない者達もいた。
 アイゼンハルドの新しい王――女王となった、マーラ・アイゼンハルドがその筆頭だった。何せ、マイケルとその父親は、マーラの父親であり、前代国王であったゴルドイ・アイゼンハルドによって、隣国から召喚されていたことが明るみになったからだ。これはゴルドイ・アイゼンハルドが藍花草の栽培方法を確立した親子を王宮に呼び寄せた時に、マーラが密かにアイゼンハルド騎士団に、莫大な金の流出があるようだから、その流れを徹底的に調べてほしいと頼んだことがある。その時の調べによって、マイケルとその父親のことも浮上したのだ。
 ゴルドイの汚名は留まるところを知らなかったらしいと知ったマーラは、そのため、マイケルに追い回されていたというスズランが騎士団に駆けこんできたと知るや、彼女の保護と、彼女の要求をすべて叶えることを騎士団に命じた。かつて、藍花草の栽培方法を確立したために、それを利用しようと目論んだゴルドイによって王宮に閉じ込められたユズリハを解放した時のように。
 そういう経緯もあって、スズランが左腕をなくすという負傷をした時も、彼女の治療と入院費もすべて王宮によって賄われることになった。
 そのスズランはと言えば、王宮に隣接している医務院の一室で昏々と眠り続けている。流石に左腕をなくしてから二日間は、熱が出たため、医師と看護師が交替でつききりになってみていた。三日目には熱も下がったが、今まで――爆弾魔から逃げ回っていた八年間の疲労もたまっていたのだろう、なおも目を覚まさなかった。
 その間、彼女の見舞いに訪れる者も後を断たなかった。騎士達もそうだが、スズランを匿っていたという者達が雪崩れ込むようにしてやって来たのだ。爆弾魔が討ち取られたことと、スズランがどこにいるかを知ってやって来たという。中には、ミレ――スズランとアンドリューとホオズキの生まれ故郷である村からやって来た者も多かった。スズランに助けられたからと、彼らは口を揃えた。やはりギルバート、アンドリュー、ホオズキの推測通り、スズランは爆弾魔が自分以外の者達に害を及ぼさないように手を尽くしていたのだ。爆弾魔を討ち取るための作戦を練っていたとき、スズランは、今までお世話になった人達には恨まれているかもしれないと零したが、ただの一人たりとも、そのような者はいなかった。むしろ、スズランが無事でいたことに安心して、また、スズランの左腕が爆弾魔によって失われたことを知ると、憤慨する者がほとんどだった。
 スズランの見舞いにやってきた者達の証言もあり、マイケルとその父親の罪は、爆弾を始め、あらゆる武器をゴルドイ・アイゼンハルドに納めていたこと以外に、スズランをいつまでも追いかけ回していた迫害容疑も付け加えられた。マイケルの父親はとうに捕まっており、既に刑務所に送られていた彼は、息子の死を知ると狂ったように叫んだという。
 アンドリューもスズランの見舞いに行っていた一人だが、仕事の合間を縫っていたことと、スズランの部屋には常に見舞い客であふれていたこともあり、やっと落ち着いて訪れることができたのは三日目の夜だった。
 スズランの部屋に向かうと、夜更けということもあり、見舞い客はいないかと思われたが、先客がいた。
 ホオズキだった。
 スズランが横になっている寝台の前で、折り畳み椅子に腰を下ろしており、部屋の扉から僅かに窺えるその横顔には、無表情ではあったが、憮然としたような表情が浮かんでいる。
 アンドリューが来たことに気付いたのだろう、それともそれを合図にしたのか、ホオズキが振り返らずにぽつりと零した。
「また護られるとはねェ」
「また?」
 ということは、ホオズキは以前にもスズランに庇われたことがあるのか。
 はて、そんなことがあったかと、首を傾げながら、記憶の糸を手繰り寄せるアンドリューに助け船を出したわけではないだろうが、ホオズキは言葉を継いだ。
「お前も覚えてるだろ、アンドリュー。俺とこいつが落石事故に巻き込まれたの」
 それを聞いて、アンドリューも、ああ、と思い出した。
 そう、ホオズキの言った通り、スズランとホオズキは、一度、落石事故に巻き込まれたことがある。その時は二人だけでなく、村人全員総出で、近くの山の中へ、冬を越すために必要な薪を伐ったり拾い集めたりするために行っていた。毎年恒例行事のひとつで、村にある家々に必要な分だけ運ばなければならなかったため、時間がかかるのは珍しくなかった。だが一度だけ、スズランとホオズキだけがいつまで経っても帰って来なかったことがある。あの時は流石に、村人全員が最悪の事態を予想し、覚悟したが、その予想に反して、かなり夜遅くになって、二人は帰って来たのだ。
 二人が帰ってきた後、二人の帰りが遅くなった理由は知れた。それは、スズランが足を挫いたためだった。
「こいつが足を挫いたのは、薪を拾っている最中、石が落ちて来た時に、俺を引っ張ったからでェ。その時に変な風に動いちまったんで、足を捻挫しちまったんだ。おまけに二人とも、落ちてきた大きな石に閉じ込められたと来た」
 運が悪いというべきか、二人がいたのは小さな洞窟の近くで、その洞窟の上から大きな石が落ちてきたという。その下にいたホオズキを、近くにいたスズランが咄嗟に引っ張って、洞窟の中に逃げ込んだのだ。御蔭で二人とも命拾いをしたが、そのかわり、ホオズキが言ったように、スズランが変な風に足を動かしたために挫いてしまったらしい。
 スズランは高い戦闘能力と身体能力を誇る〈黒蛇〉のひとりだ。子供とはいえ、子供一人を引っ張って安全なところへ運ぶのはわけもなかったろう。ただし、まだろくに経験を積んでいない子供でもあった。身体の動かし方を熟知していなかったため、怪我や捻挫をすることも多かった。
 更に運の悪いことに、落ちてきた大きな石は、洞窟の入り口を塞ぐように着地したため、出ることもできなかった。隙間はあったものの、小さな子供でも通れるようなものではなかったようだ。
「捻挫してねえこいつなら、石を持ち上げることくらいなんてことねえ。でもそのときだけは、下手をすれば骨折するかもしれなかった。俺もこいつもそれを分かってたから、誰かが来るまで待つことにしたんだ。でも、日が暮れても、誰も来てくれそうになかった」
 そうだと、アンドリューも奥歯を噛み締めた。二人の帰りが遅いことには、アンドリューだけでなく、他の村人達も気付いていたが、どうせどこかでまた喧嘩をしているのだろうと、さして気に留めなかったのだ。気が済めば二人とも帰ってくるだろうと高を括ってもいた。ところが、日が暮れても一向に帰る気配すらない。夜になって漸く、遭難したのかもしれないと、やっと二人のことを案じる声が出るようになった。
 しかし、時は遅い。夜が来てしまっては、山の中にはいることすら危ぶまれた。たとえ山の中を知り尽くした大人でも、一歩道を違えてしまえば、遭難の仲間入りになるおそれがある。夜が明けてから捜索に出ようと、苦渋の判断を下すしかなかった。
「二人とも流石に腹が減ってきたし、もしかすると誰も気付いてないかもしれない。そう判断したこいつは、無理して石を持ち上げて、洞窟の入り口を開けたんでェ」
 スズランとホオズキも、アンドリュー達が二人が遭難していることを知らないかもしれないことに気付いていたと知り、アンドリューは穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになった。
 アンドリューのその胸中を知ってか知らずか、ホオズキはふうと溜め息を落とした。
「そんとき、こいつには敵わねえって思ったよ。どうしたら自分だけじゃなくて、周りにいる奴らも助かるか。こいつは無意識のうちに、その時その時で一番の方法を選んできてる。爆弾魔に追いかけられてた時も、人の被害が出なかったのも、そうやってきたからだろうな」
 ああ、と、アンドリューは、ホオズキのその言葉に同意すると同時に、やはりこの二人はお互いをよく理解していると思った。アンドリューが騎士団に入ったのは、スズランを捜すためだったが、後から入って来たホオズキの方が先にスズランを見つけたし、スズランも、ホオズキとの喧嘩の経験で、ホオズキが不測の事態に弱いことをよく知っている。だからあのとき、スズランはホオズキを助けることができたのだ。
 アンドリューもスズランに好意を寄せることがなかったわけではない。
 だが、二人の間には、最初から割り込む余地などないのだ。
 だから爆弾魔も敗れた。
「だからせめて、こいつに勝てるくらいに強くなりたいって思ったんでェ。そうなりゃ、こいつに助けられることもなくなるって思ったし、あれから、ちょっとは強くなったつもりだったんだがねェ」
 ホオズキの意外な胸中を知り、ちょっと感動していたアンドリューだったが、ホオズキがおもむろに取り出したものを見て固まった。なぜなら、ホオズキが手にしたもの、それはペンだったのだ。
 何をするのか、いや、何もしないでくれと胸の中で懇願の叫びを上げるアンドリューの目の前で、ホオズキはスズランの顔にペンを走らせたかと思うと、満足そうな顔で椅子から立ち上がった。
「俺はもう寝るわ。おやすみ、アンドリュー」
「お、おお、おやすみなさい……」
 ご機嫌に鼻歌を口ずさみながら部屋を出ていったアンドリューを見送った後、アンドリューも触らぬ神に何とやらと、スズランの方をなるべく見ないようにしながら、かつ、スズランを起こさないよう、忍び足で扉を潜った。
 廊下に出たところで、ホオズキやアンドリューと同様にスズランの見舞いに来たらしいギンと鉢合わせた。扉の近くの壁に凭れかかっていたところから察するに、どうやらアンドリューのすぐ後に来たようだが、ホオズキの話で入るのを遠慮していたらしい。
「ギンさん……」
 ホオズキの話を聞いていたようだが、同じようにホオズキのしていたことも扉の隙間から見えたようで、珍しいことに、ギンは憐れむような笑みを浮かべていた。慰めるように、ぽんとアンドリューの肩に軽く手を置いたギンに、アンドリューは涙目で訴えた。
「いい話で……いい話で終わるかと思ったのに……!」
「何も見なかったことにしなァ」
 そして翌朝。
 騎士団では、いつも通り、朝早く起きた団員達が食堂に集まっていた。
 ギルバートも、いつも通り、食堂に朝餉をとるために向かおうとしたが、食堂に通じる廊下の角を曲がったところで、大砲の音が空気を大きく振動させた。同時に、目の前にある食堂の一角が派手に吹き飛んだ。
 誰の仕業なのかはほどなくして知れた。
「そうこなくっちゃあなァ! 今日こそは決着をつけてやらァ!」
「それはこっちの台詞よ! よくもわたしの顔に落書きしてくれたわね!!」
 楽しそうに反撃に出たであろうホオズキとスズランの声が響いたからだ。
 これまた間もなくして、食堂から逃げてきた騎士達の悲鳴が飛び交った。
「いやああああ、食堂がああああ!!」
「せめて外でやってくれねえか――!?」
 食堂の修理工事の要請を出しとかねえとな――と、ギルバートは遠い目になるのを自覚しながら、ふう、と、肺に溜まった煙を吐き出した。

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