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 お盆休みなので実家に帰っています。ファイルを整理していたら「ASC」の書きかけのものを見つけたので、せっかくだからひっそりここに置いておきます。続きはありませんので、その点を踏まえた上でお楽しみ下さい。ちなみに親子編にするつもりだったお話です。


 それは、やっとわたしの望む平穏な日常を今度こそは長らく謳歌できそうだと思っていた矢先のことだった。
 町から被害者が出て学校から加害者が出るというわたし達の町に衝撃をもたらした殺人事件――わたしは密かに「アリス事件」と呼んでいる――が解決し、その矢先に非常にも(?)行われた中間テストが終わり一息ついていたある日の昼休みに。
 誰にとっても思いも寄らぬ客人が訪れた。
『三年五組の鷹尾湊君。三年五組の鷹尾湊君。至急、校長室まで来て下さい』
「……あ?」
 いつものようにいつもの顔触れ――わたし、水月、夕鶴、夕貴、タカ、マツ、徹の七人――で机を寄せて昼食をつついているとふいに音楽が流れ、そんな放送が流れて来た。その内容は呼び出しのもので、突然指名されたタカは怪訝そうに眉を寄せて顔を上げて黒板の横にある放送機器(四角くて茶色く、真ん中に丸い穴が開いているやつ)を見遣った。
 暫くの間タカは放送が繰り返されることを確かめるかのように放送機器をじっと見つめていたが、繰り返しがないらしいことを知ると一つ溜め息を零した。
「何かやったのか?」
 水月の不思議そうな問いかけにタカは首を横に振って答えた。
「いや。心当たりはないな」
 だが呼ばれたからには行かねばならないだろうというように、タカは弁当に残っていたおかずを一気にかき込んで「お~いお茶」のペットボトルの中身と一緒に呑み込んでから席を立ってクラスメイト達の好奇の視線を浴びながら教室を出て行った。
 残された悪友どもは少しの間互いに顔を見合わせると、申し合わせたかのように残りの昼食をタカと同様に片付けてからやけにうきうきとした足取りで机を離れて教室を出た。その際、言うまでもなくわたしは教室に残るつもりだったのだが、わたしの性格をよく理解しているようでこれまた申し合わせたように徹と夕貴によって両脇をがっちり捕まれたため、否応なく強制連行される羽目になったのだった。おいあんたら、他人の意思を尊重する気はないのかと言いたい衝動に駆られたが「ないねぇ」と笑顔で即答されるのが目に見えていたのでやめた。
 ……素敵な悪友を持ててわたしは幸せ者だな。ああ、幸せ者だとも畜生め。
 心の中でしきりに悪友どもに対する文句と愚痴を並べ立てているうちに廊下の角を曲がって校長室が見えてきた。その扉はたった今入ったばかりのようで掌ほどの隙間を残して閉じかけられているためにそこからタカの声が聞こえて来た。
「……どうしてあんたがここにいるんだ?」
 聞こえて来たタカの声は珍しいことに驚きの声音を孕んでおり、そのことを意外に思ったのはわたしだけではなく他の悪友どもも同じだろう。
 タカは冷静沈着という言葉が似合うくらいに常に落ち着いており、感情を露にすることは滅多にない。おそらく感情を抑えることに長けているのだろう。そのタカが驚きを露にするとは、どうやら余程意外な客人でも来ているらしい。
 そしてそのことを夕貴が面白そうだと思わないはずがなく、タカの声が聞こえて来たと思った時にはもう既にこれ以上ないくらいの笑顔になりながらほんの僅かも躊躇うことなく(少しは遠慮しろ)校長室のドアの取っ手に手をかけて開けた。
「失礼しますっと」
 案の定というかやっぱりというか躊躇う素振りを見せない夕貴に呆れながらあるいは感心しながらわたし達も後に続いて校長室の中へと足を踏み入れた。わたし達が来ることを予想していたようで入ってきたわたし達に驚きの目は向けなかったが、その代わりにタカは戸惑ったような表情を浮かべた顔を向かい合っている男の人へと向けていた。
 タカと向かい合っているようにして立っているのは一組の男女だった。どちらも二十代くらいで若く、いかにも仕事が出来るエリートといった雰囲気を纏っている。但し何よりも目をひいたのは、女の人よりも男の人の方で、その男の人の相貌はタカの父親だったらこんな顔だろうなという想像と寸分違わなかった。
 ……この人、もしかして。
「湊。その……そちらは?」
 わたしと同じ疑問を抱いたようで戸惑った様子の水月が躊躇いがちに湊の傍らからそう尋ねた。躊躇いがちな口調になるのは当然だろうな。何しろタカは両親と会ったことは一度もないのだから。そのタカに父親なのかと聞くのは良心を持つ人なら誰であれ躊躇うかあるいは遠慮してしまうだろう。
 だがタカは水月のその質問にああ、とあっさり答えた。
「父の弟――つまり俺にとっては叔父にあたる男だ。名前は近衛和仁《このえ・かずひと》」
 どういうわけか、タカのその答えに水月と夕貴と夕鶴は揃って息を呑んだ。
 なんだなんだ。この三人が驚くということはあれか、この男の人はお金持ちかそれともお偉いさんか何かなのか?
 驚く三人の横でわたしとマツと徹が頭の中で疑問符を舞わせていると、ふいにおや、とタカに似た男の人が嬉しそうな笑みを見せたかと思うと、計ってみたらマッハが出るんじゃないかという恐るべきスピードで水月に近付いたかと思うと瞬く水月の手を手にとって口を開いた。
「ああもしかして君が湊のこれかい? 君には礼を言わねばなるまいね! 君が湊を見つけてくれなければどうなっていたか考えるだけでもおそろしぎっ」
 しかし男の人の言葉は最後まで紡がれることはなく、その頭の上に見まがうことなき足が乗ったせいで遮られた。タカが横から足を上げて男の人の頭に踵落としを見舞ったのだ。見事な踵落としだった。
「見ての通り、女好きだ」
 かなりの衝撃を受けたらしく、その場に蹲って踵落としを食らった頭を押さえながら悲鳴じみた呻き声を漏らして痛みをやり過ごそうとする男の人の横で、タカは男の人の紹介にそんな言葉を付け足した。冷淡に。
 何となく、この二人の力関係が分かったような気がした。
 勝手に納得しているわたしの目の前で、少しは痛みが和らいだらしく踵落としを食らった男の人――近衛和仁は蹲っていた身体を真っ直ぐに伸ばして立ち上がり、涙目でギッとタカを睨んだ。
「酷いじゃないか、湊! 久し振りの再会だというのに感動の再会にさせてくれないとは! おまけに君の恩人に僕から礼を言わせてくれないなんて!」
「何が感動の再会だ。それに言っとくが、普通に礼を言うだけなら俺も邪魔はしない」
「普通に言おうとしただろう!」
「あれが普通だと言い切るあんたの頭の中を一度覗いてみたいものだな」
「ああ、じゃあ覗いてみる? 脳外科医に知り合いがいるんだよ僕。まあちょっとはっちゃけてる奴だけど」
「心から喜んで遠慮する」
「それは残念。君になら何もかもをさらしても惜しくないと思っているのに」
「気色悪いからやめろ」
「わあお、相変わらず捻くれているねえ。人の好意は素直に受け取っておくものだよ? あ、ちなみに年上の言うことも聞いておくものだからね」
「そこに下心がないならな」
「いつの間にそう変に勘繰るようになっちゃったのかな少年よ。ああ、おにーさんは悲しい。悲しくて悲しくてあまりの悲しみに胸が張り裂けそうだ」
「勝手に悲しんでろ」
「……僕、本当に泣きそうなんだけど」
「泣けば」
 ぽんぽんと気持ちよく展開される一分の隙もない言葉のやりとりにわたし達はただ呆気にとられるしかなかった。だっていつもは無口なタカがいつになく少しだけだけど饒舌になっているのだから驚くなというのは無理な注文というものだ。
 タカのあまりの言葉に流石に涙腺が壊されたようで、近衛和仁はがくりと項垂れて片手で両目を覆う素振りを見せた。そんな彼に後ろから女の人が「お戯れが過ぎるからですよ」と呆れたように口を挟み、それに更に衝撃を受けたらしく近衛和仁の項垂れ具合に拍車がかかった。
 その光景を眺めていたわたしの脳裏に近衛和仁→タカという構図が浮かんだ。どうやら近衛和仁はタカのことを気に入っているようだが、それは一方通行らしい。まあ、タカの方も嫌いな相手にはこんな風に口を利いたりはしないはずだから近衛和仁のことを嫌ってはいないだろうが。
 そんなことを考えていると、水月が再度、だが今度は近衛和仁におずおずと問うた。
「あの……湊の父とは……いえ、あなたの兄は……」
 ああ、と、近衛和仁は顔を上げてにこりと笑ってみせた。
「健在ですよ。ただ湊のことがあるからあまり目立つことは出来ないようですがね。ちなみに僕は兄のことを兄だとは知っていますが、それだけです。いわば兄という名の赤の他人です」
 穏やかな口調ではあるが冷ややかな声音も含まれており、それがこの近衛和仁という男が持つ兄への心証を教えていた。家族愛とはかけ離れたその心証がどんな経緯によって築かれたかは知らないが、その経緯が楽しくないものであることは容易に察せられ、嫌悪感と陰鬱な気分とを同時に味わった。
 だが次の瞬間、その嫌悪感と陰鬱な気分を吹き飛ばすかのようになぜか近衛和仁は力説を始めた。
「全く愚かなことだとは思わないかい? 愛の前では身分も権力もなけなしの理性も誇りも何もかもが無力になり崩れ去ってしまい屈服せざるを得ないというのに! そう、愛こそが全ての根本にあるべきものなのさ!」
 そう断言した近衛和仁の顔は自信に満ち満ちており、どんな非難も寄せ付けないほどに輝く笑みを湛えていた。
 ……愛って。
 近衛和仁のその思いもよらぬ力説に瞬きを繰り返す悪友どもの中で、タカの近くにいたわたしは彼にそっと話しかける。
「……タカ」
「……なんだ」
「……あんたにも、変な知人、いたのな」
「……ああ」
 そう返して深く嘆息した彼の肩にDont mindと慰めるように手を置いた。
「あのう……」
 おずおずとした声が響き、その時になって漸くここが校長室だということを思い出し、そういえば校長先生もいるんだったと声のした方へと視線を投じれば、そこにはソファに腰掛けており困惑の表情を浮かべる校長先生の姿があった。
「その、皆様座られてはいかがですかね? 立ちっぱなしではなんでしょうし」
「ああ、それには及びませんよ。長い話ではありませんし」
「そういや、あんたは何しに来たんだ?」
 校長先生のその催促に近衛和仁はやんわりと辞退し、そう断った近衛和仁に思い出したようにタカが聞いた。そういえばそうだ。近衛和仁――タカの叔父だというこの男の人は一体何しにわざわざここへ来たのだろう。どんな仕事をしているのかは知らないが、少なくとも平日にふらっと来られるほどに忙しくない仕事をしているとは思えない。秘書らしい女の人を従えているくらいなのだし。まあ、わたしの偏った思い込みかもしれないが。
 そうそうと、近衛和仁は切り出した。
「僕のところが大きな会社だってことは知ってるだろう? 近衛金属鉱山株式会社」
「ええっ」
「あー」
「ほう」
 近衛金属鉱山株式会社という言葉にマツは頓狂な声を出し、わたしと徹はそれぞれ納得したような声を漏らした。
 近衛金属株式鉱山株式会社。
 やたらと長い名前の会社だが、金属を扱う企業といえば知らない人はいないくらいの知名を誇ると聞く。鉄や銅などの金属を扱う会社らの仲では五指の中に入るくらいだから当然といえば当然か。かの会社は日本だけでなく世界にもその根を広げ、その成長は止まるところを知らない――はず、だったが。
 その会社の名前が出たことでわたしは近衛和仁がここへ来た理由を察した。
 その理由はおそらく――。
「後継者問題でも起きましたか?」
 驚いたように近衛和仁を筆頭にその場にいる全員の視線がわたしへと注がれた。……そんなに見つめられるといささか居心地悪くなるんだが。まるで自分が何か悪いことをしたみたいな気持ちになってしまうから――実際にはしていないに関わらず。
 やがてふっと近衛和仁が力を抜くように溜め息を吐き、苦笑をその口元に刻んだ。
「……驚いたな。どうして分かったんだい?」
「気を悪くされるかもしれませんが」
「構わないよ。聞かせて貰えるかな」
 それでもまだ躊躇が残った。なぜならこれはかの会社だけでなくタカにも関わることなのだ。近衛和仁がいいとしてもタカもいいのかどうか分からない。タカ自身が彼の父親を毛嫌いしているらしいのだから尚更。
 そろりと近くのタカを目だけで見上げると、頭の切れる彼にはそれだけでわたしの懸念を察したのだろう、構わないというように小さく頷いた。
 それを確認してからふうとひとつ息を吐いて口を開いた。
「では。――近衛金属鉱山会社はきわめて有名な会社です。有名な会社であればあるほど、新聞やテレビにその名を刻むことも多くなります。それはかの会社も例外ではありません。かの会社に関わるニュースはよく新聞に載りました。その中には当然ながら、専務であるあなたや社長であるあなたの父親のことも載っていました。副社長はどういうわけかあなたの兄ではなく別の人ですが。まあこれは大人の事情というやつでしょうね」
「そ、そうなの?」
「そうなの」
 意外そうに聞いてきたマツに頷いてから続ける。
「まあともかく、かの会社のことについてはよくテレビや新聞で取り上げられていました。ただひとつだけ取り上げられていないことがありました。それが後継ぎに関することです。あなたやあなたの兄は既に成人しかの会社に就いていながら未だに独身を通しておいでです。その……あなたの兄は一度は結婚しようとしたかもしれませんが、それは失敗したみたいですね。そういうわけであなた達にはまだ子供がいないという認識が世間ではなされている。幸い、かの会社の関係者の殆どはそのことに対して口煩くは言わなかったようで、寧ろ楽観すらしていました。そのためかどうかは分かりませんが、あなたやあなたの兄は中々結婚しようとはしなかった。ですが、そうもいかなくなる事態が起きました。それがアメリカのリーマン・ブラザーズの経営破綻を発端とする世界不況」
 世界不況という言葉が出てきたからか、近衛和仁とその後ろにいる秘書らしき女の人の顔に苦い表情が浮かんだ。その気持ちは分からないでもない。わたし達はまだ社会に出ていない子供だからいいようなものの、社会人にとって世界不況はただごとではないだろう。何しろ己の首にも関わることなのだ。下手をすると明日から食べていけなくなるかもしれない。それほどの不況が世界に浸透してきている。
 自然と声にも苦いものがこもった。
「この不況がもたらしたものは大きい。何しろ今月までに何万人もの失業者が出たくらいですからね。今この時も首を切られている人がいても不思議でも何でもない。雇われる側にとっても雇う側にとってもサバイバルです。どこの会社でも経営のやりくりに苦心し、不況対策に駆けずり回っている。それは近衛金属鉱山株式会社も同じはずです。その中で漸く後継者問題が浮かび上がったのは当然の流れというべきでしょうね。かの会社はまだ次期社長が決まっていなかったんですから。かの社長が強欲だからかどうか詳しくは知りませんが、とにもかくにも不況対策の中に後継者問題も組み込まれた。さてどうやって後継者を見つけるか。そこにかの社長の息子でありあなたの兄でもある男に焦点が当てられ、更にその子供の存在が浮き彫りになったのだとしたら――」
 そこで言葉を切って肩を竦めてみせた。
「とまあ、そういうことです。ただ、これはあくまでもわたしの推測に過ぎませんので間違っているかもしれません」
 ほうと、感嘆のような溜め息が近衛和仁の口から零れ、それから近衛和仁の視線が再度わたしへと向けられる。
「素晴らしい。正解だよ。君の言う通り、ウチの会社では後継者問題が起きてる。――湊」
 呼ばれて、タカはさっきよりも険しい眼差しを近衛和仁へと投じた。タカのその険しい眼差しに気付いているにもかかわらず、近衛和仁は怯えた様子もなく穏便な姿勢を崩さずに言葉を繋げる。
「そちらのお嬢さんの言う通りだよ。ウチの会社――正しくは、僕のクソ親父が君に目をつけ始めてる。クソ兄貴を次期社長にしようと考えたこともあったらしいけど、駆け落ちなんてことを仕出かしたクソ兄貴にあのクソ親父が目をかけるとは思えない。それに僕のことも嫌っていらっしゃるみたいだしね。必然的に血縁者の中で君を後継者、つまり次期社長にと考えてる」
「……時代遅れじゃないのか」
 獣の唸り声を思わせる低い声がタカの口から零れ、いかにタカが怒りを滾らせているかを教えた。同時にそれは怒れる獅子を連想させた。
 それを聞いたマツと夕鶴が僅かに顔を青褪めさせてそれぞれ近くにいた夕貴と水月にしがみついた。まあ怖いだろうなあ。かく言うわたしもちょっとだけだけど身を引きそうになったぐらいだし。夕貴と水月と徹も怒るタカに恐怖を覚えたようで少しだけ顔色をなくしている。たぶんわたしも同じだろうな。
 だがそんなタカに近衛和仁はなおも怯える気配を見せなかった。聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような口調で言葉を紡ぐ。
「君もどこかで本能的に悟っているんじゃないかい? 僕の家系は鉄や銅などの金属を扱う素質を生まれながらに持ってる。それゆえにウチの初代社長は会社を立ち上げられたと言っても過言じゃないんだ。まあ、それだけが理由じゃないけど、とにかくウチの会社は血筋にも重きが置かれていて、社長には代々僕の家系の者に受け継がれた。それはこれからもたぶん変わらない。まあ、君の言うように世襲は時代遅れだと僕も思うけどね、そういうわけだから残念ながらウチの会社では時代遅れでも何でもないんだ」
 だからと、そこで近衛和仁は初めて真摯な表情を見せた。
「気をつけろ、湊。クソ親父は君を捕まりにかかってくる。君にその気がないならその気にさせようとするだろう。あるいは君の意思を無視して強硬手段に出るかもしれない。どちらにせよ、よくよく気をつけておくべきだよ。君には百武財閥のお嬢さんに九倉のお嬢さんに、それに若い情報屋もついてる。素晴らしい友人を持つに越したことはないけど、今回ばかりは両刃の剣になり得るんだ。業界では人脈も命になるからね。君の傍にいる友人達も巻き込まれかねない」
 タカの顔が次第に険しくなり、身体の横で握られた拳が震え始めるのが分かった。
 ……こんなに怒るタカって初めて見るな。
 まあ、その気持ちは分からないでもない。何しろこちらの事情や意思などお構いなしに自分達の都合に巻き込んでいいように利用しようとしているのだから、そういう「大人」に怒りを覚えないはずがないのだ。それに自分の周りにいる大事な人達まで巻き込まれかねないとなれば怒りは大きなものとなる。
 一方、自分達のことを示唆された夕鶴や水月や夕貴はといえば、まさか自分達のことを近衛和仁が知っているとは思わなかったようで、驚きに目を見開いて近衛和仁を凝視していた。夕鶴や水月のことはともかく、夕貴が情報屋だということは知る人ぞ知ることのはず。もしかすると事前にタカの周囲の友人のことも調べていたのだろうか。だとしたら用意周到な人だ、近衛和仁という人は。
 夕貴が苦笑しながら参ったというように軽く両手を掲げて見せた。
「俺のことまで調べられたんですか? 流石ですね」
「情報屋の君なら知ってるだろう? 人脈だけじゃなくて情報も業界に於いては重要なんだよ」
「確かに」
 納得したように頷く夕貴からついとタカへと視線を移した近衛和仁は困ったような笑みを浮かべた。
「悪く思わないで欲しいな。僕はこれでも君のことを結構気に入っているんだよ、湊。でなければわざわざ忠告しにここまで仕事の合間を縫ってくるようなことはしない。まあ、ちょっとこちらの人を驚かせちゃったのは悪いと思うけど」
「あ、いえ、そのようなことは」
 突然話を振られて校長先生が慌てたように否定の言葉を口にした。
「まあでも、今回ばかりはクソ親父には少しばかり分が悪過ぎるかもしれないね」
「……どうしてです?」
 怒りを滾らせるタカを気にしながら水月がそう尋ねれば、困ったような笑みを面白そうなものへと変えた近衛和仁はなぜかわたしと徹へと視線を遣った。
「安曇透君に安曇徹君だね? 君達のことは普通の高校生だと聞いているけど、普通の高校生にしては中々に愉快なことをやらかしてるとも聞いているよ。ヤクザと揉め事を起こしそうになったとかね」
 ヤクザと聞いてわたしは思い切り顔を顰めた。こんにゃろう、嫌なことを思い出させやがって。
「……あれはあちらから絡んで来たんですよ」
「うん、君がそう言うならそうだろうね。でも君達二人が僕やクソ親父にとって不確定要素なのは変わらない。だからこそ怖いんだよ。不確定要素はそれだけで何をするか全く分からないからね。――湊をどうぞ宜しく」
 そう言い置いてから近衛和仁は失礼するよと秘書らしい女の人と共に踵を返してわたし達の横を通り過ぎ、部屋を出ようと扉の取っ手に手をかけかけたが、思い出したようにふとこちらへと振り返った。
「そうだ、湊、僕の携帯番号覚えてるかい? 前に教えただろう?」
「覚えてない」
「よしよし覚えてるね。僕も一応会社の関係者だからあまり表立って助けてはやれないけど、こっそりなら出来なくもないからね。万が一の時は連絡して。じゃあ」
 ひらりと手を振ってから今度こそ近衛和仁は女の人と一緒に部屋から出て行った。
 それから暫くの間わたし達は立ち尽くしていた。あまりのことに頭がついていけなかったせいもあるし、怒るタカに何も言えなかったせいもある。何か気の利いた言葉でもかけてやるべきなんだろうが、今のタカにそれは逆効果のように思われた。
 ふいに予鈴のチャイムが鳴り、昼休みがもうじき終わることを知らせた。
 さっさと教室に戻らないと授業に遅れてしまうが、それでもどうしたらいいのか分からない。
 どうしたものか。
 そんな中で真っ先に動いたのは夕貴だった。
 苦笑をその口元に刻んだ夕貴は溜め息を吐きながらタカの首に腕を回した。そうしてから苦笑混じりに話しかける。
「教室に戻ろうや、タカ。授業に遅れちまう」
「……そうだな」
 タカの気に障ったんじゃないかと密かに冷や汗を流しかけたが、タカの返事が割と穏やかなものであるのに密かに安堵の息を吐いた。
 わたし達は教室へと戻った。
 これから平穏な日常を送ることは出来ないという予感を抱きながら。

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