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漆黒の君(1)
2011.08.14
 西の果てにある国、カタンシェ。
 その国は荒廃した地に囲まれており、昼夜問わず無法者が跋扈している。そのため、無法者から国を守るために、国の周りには高い壁が建てられている。それこそ天に届くほどに高いので、無法者が国の中へ侵入することはまずない。国の境としての役目も果たす壁の何か所には門が設けられており、更にその門を潜ると何百段もの階段がある。カタンシェは高い壁と高い階段によって治安を維持しているといってもいい。
 だが、カタンシェの中に入るには、もう一つ、難所がある。
 カタンシェの隣にある大きな無法地帯がそうだ。
 嘗て、カタンシェの隣には小さな国があった。
 だが、その小さな国は二十年前に滅んだ。
 滅亡の理由は忠臣の裏切りによる王家襲撃だとも、無法者の集団である盗賊の襲撃だとも囁かれているが、原因は定かではない。
 滅んだ国は再生することなく、そのまま荒れ果て、無法地帯と化した。無法地帯と化したそこにも当然、無法者がうろうろしている。旅の者が通りかかればたちまち裸に剥かれる。最悪の場合、命もとられることもある。
 だから、カタンシェに行きたいなら、嘗ては国だったそこを避けるように遠回りするのが賢明な判断だし、実際、旅の者の多くはその旅路を選んでいる。
 しかし、中にはそうでない者もいる。
 安全ではないどころか、命を危機に曝す旅路を選んだ者に待つのは身の破滅以外にないが、奇跡的に命からがら生き延びた者も、ほんの一握りだが、いる。
 生存の望みは薄いと思われていた彼らを迎えた家族や友人は彼らの帰りを喜びながらも、どうして帰ってこられたのかと、驚きと共に尋ねずにはいられなかった。
 その問いかけに対する彼らの答えはいつも決まっていた。
 彼らは一様に興奮を隠さない様子でこう返すのだった。
 あそこにはまだ国があり、それを守る王子がいる。自分はその王子に助けられたのだ、と――。
 
 
 荒廃した地の中に、一人の少女が蹲っていた。
 成人前らしい彼女が蹲っているのは、嘗て家があっただろうところで、瓦礫となった壁の後ろだった。
 カタンシェの隣にあるこの荒れ果てた地に少女はまず見かけない。ここは巷で囁かれている通り、無法地帯であり、無法者が右往左往する場所だからだ。そのようなところに年頃の少女が足を向けることはない。もし迂闊に足を踏み入れようものなら、身につけているものだけでなく、身体も心も踏み躙られるのが目に見えているからだ。
 だからこそ、いつものように旅の者を襲おうと息を潜めて待ち構えていた無法者達が少女を見つけた時は興奮のあまり目を血走らせ、殺さずに生きたまま捕らえようとした。少女はそんな無法者達から必死で逃げ回っていたが、捕まるのも時間の問題だろう。
 少女は必死に逃げ回っていたせいで荒くなっている息遣いを何とか宥め、同時に自身を落ち着かせようとした。その間も「どこに行った」「まだ遠くには行っていないぞ」「どこか近くにいるはずだ」と、少女達を襲った無法者たちの声がし、その度に少女の身体が大きな不安と恐怖に震えた。
 カタンシェに向かっていた彼女はわけあって、遠回りではなく、最短路である、嘗て国だったここを通る旅路を選んだのだった。襲撃されないようにと、なるべく質素な身なりにしたし、荷物や馬も必要最小限に抑えたものの、旅の者だと一目で知れる恰好なのは違いなかった。そんな自分達を無法者達が放っておいてくれるわけがない。
 案の定、少女達は襲撃を受け、襲撃を受けた少女達は不意打ちであったそれに辛くも反撃を試みたが、何度も襲撃を繰り返してきただろうあちらにとってはこちらの抵抗など赤子の手を捻るようなものだったのだろう。実際、少女の護衛についていた男は、相手と斬り合った挙句に命を落とした。
 あちらの方が強いと悟ると同時に、馬を引いていた御者は「お逃げ下さい!」と死に物狂いの形相で叫び、馬の尻をこれでもかと叩いて馬ごと馬に乗っていた少女を逃がした。少女も自分の身に何かあったら、自分一人だけの問題では済まなくなることをよく知っていたから、振り落とされないよう、馬の手綱をかたく握りながら必死に逃げた。少しでも遠く、少しでもカタンシェに近く――。
 だが少女のその努力も空しく、暴れ馬を扱い慣れていないこともあり、少女の手はすぐに擦り切れ、それでも落とされたら逃げ切れないとどうにかしがみついていたが、それは血が滲み出るまでのほんの僅かの間のことで、滲み出た血のせいで手綱を握っていた手が滑り、それにつられるようにして少女の身体も馬から滑り落ちた。
 馬も突然の襲撃で混乱しているのだろう、少女が落ちたことにも気付かない様子で――あるいは気付く余裕すらなかったのかもしれないが――、足を止めることなく、そのまま彼方へと走り去っていった。
 地面の上に放り出された少女は身体をうった痛みのせいで暫くその場から動けなかったが、少しして遠くから蹄の音と怒号が聞こえてきたため、日除けと顔を隠すことを兼ねて、頭までかぶっていた布を深く被り直してから、まだ痛む身体に鞭を打って起こし、どこか身を隠せるところはないかと隠れ場所を探した。
 そうして今に至るのだが――。
 無法者達も馬に乗っていたから、こちらとの距離を詰めるのも容易いだろう。見つかっていない今のうちに少しでも遠くに逃げなければならないと、頭の奥でけたたましく警鐘が鳴り響くが、身体は言うことを聞いてくれない。滅多にしない激しい運動を久し振りにしたために、身体がもうこれ以上は動けない、休みたいと悲鳴を上げているのだ。
 元は一人の人間を成すのに、それぞれ別のことを叫ぶ頭と身体を持て余していた少女だったが、いつまでも同じ場所に留まっているわけにはいかない。いつ見つかって引っ張り出されるか分かったものではないからだ。
 いい加減に立とうとしたその時を見計らったかのように、上から影がさして少女を覆った。
 はっと弾かれたように少女が背後を振り返るより先に、少女の後ろから忍び寄っていた者が少女の長い髪を掴んで、少女の身体を無理矢理起こすのが早かった。
「見ィつけたぜェ!」
 髪を引っ張られる痛みに顔を歪める少女になどお構いなしに、漸く見つかった――捕まえたという興奮を露に、「散々手間かけさせやがってよォ」と男は血走った眼で乱暴に掴み上げた少女を舐めるように頭から足の爪先まで順に見つめてから、にたりと、満足そうな――見る者に嫌悪感を抱かせるような笑みを浮かべた。
 それから男は、近くにいるだろう仲間に、少女を捕まえたことを知らせようとしてか、後ろを振り返った。
「おい、野郎共、漸く見つけた……」
 それが男の最期の言葉だった。
 少女は、振り返った男の左胸から黒い長いもの――刀が生えてくるのを目の当たりにした。生えてくるというのは、そのように見えたからで、実際には生えて来たのではなく、突き刺されたのだった。
 力を失った男の手から解放された少女は、男に掴まれたせいで外れた、頭に深く被っていた布を被り直すことも忘れて、へたりとその場に座り込んだ。
 少女が解放されるのを見てとってから、刀の持ち主は刀を握っている腕だけで無造作に刀を振って、突き刺した男の身体を地面の上に放り出した。その際に男の胸から血が噴き出し、刀の持ち主の顔や地面に浴びせた。
 少女は彼女を助けた、刀の持ち主に釘付けになった。
 男の胸を突き刺した刀の持ち主は、二十代くらいの若い男だった。癖のある短い黒い髪と黒い瞳に、足から上着まで黒ずくめの格好をしているから、黒い鳥――烏を連想させた。ただし、どういうわけか、頭に色鮮やかなバンダナを巻いており、顔半分――左目を隠すようにして巻かれているそのバンダナは、全身黒ずくめという中で存在感を強く主張しているように見えた。
 彼の持っている刀も変わっていた。
 剣や刀といえば、刀身は白っぽいものが多いが、彼の持っている刀は柄も鍔も刀身も、何から何まで黒いのだ。その刀は今は、つい先程まで少女の髪を掴んでいた男の胸を突き刺したせいで血塗れになっていた。
 いや、血塗れになっているのは、今しがた、少女の髪を掴んでいた男の胸を刺したからではないだろう。見れば、彼の後ろにはまさに死屍累々といった様子で、幾つもの物言わぬ遺体がそこらに転がっていた。少女達を襲った無法者達だと、聞かずとも知れた。
 大抵の者は気絶してもおかしくない光景だったが、少女は気絶しなかった。あまりの光景に顔を青褪めさせたものの、目を逸らすことはしなかった。だけでなく、痛恨という表情をその顔に浮かべて唇を強く噛み締めた。
 そんな彼女に、血塗れになった黒い刀を拭いて鞘におさめた黒ずくめの男が口を開いた。
「どうしてここにいる、オリヴィア・カタンシェ」
 その問いかけに、少女――カタンシェ国の第一王女であるオリヴィア・カタンシェは、顔だけでなく身体も強張らせた。

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