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漆黒の君(2)
2011.08.15
 あの後、オリヴィアは彼女を助けてくれた黒ずくめの男に、嘗ては町の中心地だったと思しき場所へと連れられた。どうやらそこが彼の住処らしく、無法者達に襲われないためにも暫くそこで休んでいくことを提案されたのだ。
 提案されたとはいっても、「休んでいくか」という簡潔な問いかけだったのだが、身も心も疲れ果てていたオリヴィアは、敬意の欠片もないその口調に不快感を覚える余裕もなく、ただひたすらに休みたいという欲求に駆られるままに頷いただけだった。
 そうして連れられて行ったそこも荒廃した地ではあったが、ただひとつ、違っていたのは、そこにひとつの大きな建物があったことだ。居酒屋のような、馬鹿騒ぎをするような店らしい建物だった。三階建てで、おそらくは一階が全部店になっているのだろう。この地が荒れ果てた後で新しく建てられたようで、周りの光景のように荒れた跡はあまり見受けられない。寧ろ、定期的に手入れがされているらしく、小奇麗だった。
 それは中も同じで、黒ずくめの男が扉を押し開いて中に入り、その後にオリヴィアも恐る恐る続くと、それまで賑やかだった店内が一斉に静まり返った。しんと静まり返ったことを訝りながらも、オリヴィアは黒ずくめの男の後ろからそろそろと店内へと視線を走らせた。やはり店内も外見と同様に定期的に手入れや掃除がされているらしく、埃一つすら――とまではいかないだろうが、見る限りは清潔に保たれているようだった。
 それも驚きではあったが、もっと驚きだったのは、店内の至るところに、黒ずくめの仲間らしい者達が好き勝手に寛いでいることだった。不規則に置かれている椅子やテーブルに腰かけて酒に興じている者もいれば、遊戯に興じている者もおり、カウンターの席に腰かけて何やら新聞、あるいは本らしいものを読んでいる者もいる。多くが男だったが、カウンターの中でカップや皿を拭いているのがオリヴィアと同じ女の人であったことにオリヴィアはこの日一番の大きな驚きを覚えた。まさか、こんな荒れ果てた地にある建物の中に、女の人がいるとは思わなかったからだ。オリヴィアでなくとも、誰も予想できないだろう。
 驚いていたのはオリヴィアだけではなかった。店内のそこかしこで思い思いに寛いでいた者達も、黒ずくめの男がオリヴィアを連れてきたことに驚いたようで、一人の例外なく、全員目を見開いて、黒ずくめの男とその後ろにいるオリヴィアを凝視している。
 多くの人の好奇の視線に曝される羽目になったオリヴィアはびくっと小さく肩を竦ませると、反射的に黒ずくめの男の後ろに隠れた。つい先程会ったばかりの、信用できるかどうかもまだ分からない相手だが、他に隠れ蓑になりそうなものが見つからなかったのだ。
 服を軽く掴んで後ろに隠れたオリヴィアをちらっと一瞥してから、黒ずくめの男がどこか不機嫌そうな声で短く言った。
「見世物じゃない」
 それが合図だったかのように、店内に喧騒が戻った。ただし、今度のそれは思い思いに騒ぐものではなく、黒ずくめの男が珍しい客人を連れてきたことへの好奇心から騒ぐものだった。
「そうはいってもねえ、あんたが、いや、誰でもそうだけど、女の子を連れて帰ってくるなんて珍しいでしょう」
「そうですよう。どうしたんです、その子」
「さっき見回りに出かけたばかりだろ、ヴィー」
「また襲撃があったの? 懲りない奴らもいるなあ」
「ってことは、その子は襲われてたところを助けられたのかい?」
「ねえねえ、お土産はないの?」
 質問攻めに遭った黒ずくめの男は声と同様に不機嫌そうに顔を顰めたが、彼に質問を浴びせようとする者達を遮る声があった。
「まあまあ、皆、その辺で。ヴィー、お疲れ様です。この後またいつものように?」
 そう言ったのは、出入り口に一番近いカウンターの席に座っている、知的な顔立ちに眼鏡をかけている男だった。金色と茶色の中間のような色の髪は胸までの長さがあり、それを後ろでひと括りにしてまとめている。腰には店内にいる者達と同様に、一振りの剣が下げられていた。
 彼のその問いかけに、ヴィーというらしい黒ずくめの男は頷いた。
「それと、彼女を休ませてやってくれ。かなり疲れてる」
「そのようですね。ああ、アンヌ、すみませんが上に部屋を一つ用意してくれませんか」
 眼鏡の男の言葉を受けて、アンヌと呼ばれた、カウンターで皿やカップを拭いていた女の人は心得たというように頷いた。
「分かりました。ちょっと待っていて下さいな、すぐに整えてきます」
 そう言って二階に通じる階段へと向かおうとする女の人――アンヌを、オリヴィアは慌てて止めた。
「あ、あの、待って下さい、結構ですから。あの、助けて頂いた上に、これをお願いするのはとても厚かましいとは分かっているんですけど、もしよかったら、馬を一頭、貸して頂けませんか?」
 切実な声と口調で紡がれたオリヴィアのその言葉に、店内がまた静まり返った。
 ヴィーだけでなく、アンヌ、眼鏡をかけた男も、店内にいる者達のほぼ全員が感心しないといった表情を浮かべてオリヴィアを見つめていた。中には気遣わしげなものもあったが、今のオリヴィアにそれに気付く余裕はなかった。
 眼鏡をかけた男がどうしたものかというように顎を軽く撫ぜる。
「それは、今すぐ発ちたいということですか? あまり感心しませんよ。連れらしい者がいないことから察するに、あなたは一人だけヴィーに助けられたのでしょう? それなのに、満足な準備もなく、護衛もなく、一人で発つというのは、はっきり言って命知らずですよ」
 身も蓋もない指摘だが、正しいことには違いなかった。
 しかし、今のオリヴィアはまともに考える頭ではもうなくなっていた。ただ少しでも、一日でも一刻でも早くカタンシェに帰らなければという焦燥に駆られていた。
「のんびりしている暇はないんです。一刻も早くカタンシェに帰らなければならないんです。でないと――」
 そこまで言ったところでオリヴィアはぶるりと身体を震わせた。それからまた顔を上げて、眼鏡をかけた男と、階段に向かおうとしたまま足を止めているアンヌを見遣る。
「礼儀知らずだと思われても仕方ありません。でも今回はどうか、見過ごして下さいませんか。わたしとあなた達は赤の他人です。赤の他人がどうなろうと、あなた達にとっては他人事でしょう」
 やや投げやりに――自虐的にも捉えられるような口調で言ったオリヴィアに、しかし、と眼鏡の男はそれでも頷かなかった。それにじれったそうに組み合わせた両手を忙しなく動かすオリヴィアに、見かねたようにアンヌが割って入った。
「せめて、今日の夕方までならどうです? それなら夜に話も出来ますし、明日ここを発つ準備をする時間も取れます。本当に少しでもお休みになった方がよろしいですよ。今のあなたはとてもひどい顔になってますから」
「でも――」
 なおも何か言いかけたオリヴィアの言葉はそこで途切れた。というより、止められたというべきか。
 なぜなら、オリヴィアのすぐ傍にいたヴィーが苛立ちの表情をその顔に浮かべたまま、手刀をオリヴィアの後ろ首に打ち込んで気絶させたからだ。余程消耗していたのだろう、あっさりと意識を手放したオリヴィアの倒れかけた身体を難なく受け止めたヴィーに、眼鏡をかけた男が苦笑を向けた。
「後でまた恨まれるかもしれませんよ」
「今更だろう」
「まあ、そうですけど」
 小さく肩を竦めてから、眼鏡をかけた男は何やら思わせぶりな視線をヴィーに遣った。
「昔の自分を見ているような気になりましたか、ヴィー」
「……言ってろ」
 この上なく不機嫌そうに、吐き捨てるように言ってから、ヴィーはアンヌに部屋はどこだ、と尋ね、慌ててアンヌが階段を上っていき、その後をオリヴィアを抱えたヴィーが続いた。
 上へと消えた二人を見送ってから、やれやれと、眼鏡をかけた男は小さく溜め息を落とした。
「ハインベルツの二の舞にならなければいいんですけどねえ」
 呟いて、眼鏡をかけた男は、半分ほど残っていた紅茶をぐいと飲み干した。

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