忍者ブログ




漆黒の君(5)
2011.08.19
 王宮を襲った賊というのは、おそらく執拗に送って来る手紙の主の仕業だろうと、ヴィーは言った。オリヴィアも全く同感だったので反論はしなかった。というより、他に心当たりなどなかったし、まるで時を見計らったかのように押し入って来たことが確信を後押しした。
 時を見計らったかのようだというのはヴィーも考えたようで、こうも付け足した。
「王宮が襲われたのは三日前だったな。オリヴィアが俺達の縄張りに入った日と一致する。ということは、オリヴィアが安全でない旅路を選んだことは、あちらにとっては不測のことだったと見ていいだろう。オリヴィアが無事に帰って来るかどうかも分からなくなって、焦ったあちらは強硬手段に出たといったところか」
 ヴィーは嘆息し、オリヴィアは奥歯を強く噛み締めた。
 ヴィーの嘆息は、王宮を襲った賊に対しての呆れからのもので、オリヴィアは自分のせいで父や兄を含む王宮の者達が危険に曝されてしまったという自責からだった。
 オリヴィアのその気持ちを読みとったわけではないだろうが、ヴィーは声だけでなく顔にも呆れの感情を滲ませながら、王宮に入るための手段を告げた。
「さっきも言った通り、王宮には殴り込む。元々はあちらが売ってきた喧嘩だ。売られた喧嘩は倍返しが俺達の流儀でな。王宮には当然、賊の奴らがうろついているだろうから、俺が最初に入って、そいつらを伸していく。オリヴィアはその後から来るといい」
「はい」
「ただし、傍を離れるなよ。遠くへ行かれたら護れなくなる」
 ヴィーは護衛としてそう言ったのだろうが、オリヴィアにとっては思わぬ言葉だったために少しばかり面食らってしまい、我に返るまでに僅かの時間を要した。不意打ちの言葉にどきりとしたせいもある。一拍ほどの間を置いて「はい」とどうにか返すと、それからとヴィーは続けた。
「俺は王宮の内部は知らないから、後ろからオリヴィアが案内してくれ。首謀者は王の寝室にいるはずだ。そこに真っ直ぐに向かう」
「分かりました。……あの、こちらからひとつ、お願いをしてもいいですか」
 オリヴィアの言った「お願い」に、ヴィーは少しの間考え込む素振りを見せたが、承諾した。
 それから二人は一緒に旅を共にしていた馬を、馬に括りつけた荷物ごと、王宮に近いところにある厩に預けてくれるよう頼み、必要最小限の荷物だけを持って王宮へと向かった。
 王宮の門が見える角に差し掛かったところで、二人は角の向こうに身体を隠して、門を見遣った。いつもなら門の両端に控えているはずの門番はおらず、それだけで王宮が尋常ならざる事態になっていると知れた。門番がいないのは、門番もまとめて人質に取られているからだろう。
 正面から行くことも出来ないわけではないが、その場合、門番から王宮の玄関まで距離があるため、その途中でこちらの存在に気付かれる可能性が高い。その危険性をなくすために裏口から行くとヴィーが言い、オリヴィアも頷き、二人はその場から去って、裏口――もしもの時のために、王やその家族が王宮から無事に抜けられるようにと造られた、秘密の出入り口の一つへと歩き出した。
 暫くして秘密の出入り口の一つへと着くと、先にオリヴィアがその出入り口を開け、大人が四つん這いになってやっと通れるくらいの穴が現れると、その中をヴィーが潜り、その後にオリヴィアが倣った。
 オリヴィアが案内したこの秘密の出入り口は一階の廊下にある隠し扉に通じるもので、二階にある王の寝室の真下に位置するものだ。なるべく最短路で行った方がいいというヴィーの提案に、それならとオリヴィアがここの出入り口を挙げたのだ。ここからなら二階への階段も近い。
 四つん這いにならなければ先へも後ろへも進めないような狭さは暫く続いたが、やがて立ち上がっても大丈夫な高さのあるところ――隠し扉の前へと来た。なるべく音を立てないように注意を払いながらヴィーが立ち上がり、それから後から四つん這いでやってきたオリヴィアに手を貸して立たせた。
 薄闇の中、静かにと口に人差し指を押し当てたヴィーにオリヴィアが了解したと答える代わりに頷いたのを確認してから、ヴィーは扉に身体を張り付けて耳を済ませた。途端に彼の周りの空気が鋭利なものになったのを受け、オリヴィアもこれから起こるであろうことを想像して、緊張に身体を強張らせた。
 ヴィーが扉の取っ手に手をかけてほんの僅かだけ開き、その隙間から覗き、周りに賊の者がいないかどうかを確かめた。隙間の向こうから視線をそらさないまま、オリヴィアに手招きをしてから、ヴィーはこの時も音を立てずに、猫のようにするりと扉の隙間から廊下へと身体を滑り込ませた。その後にオリヴィアも続いた。
 それから王の寝室まではあっという間だった。
 誇張でも何でもなく、本当にあっという間だったのだ。
 廊下に出た二人はそこらをうろついているはずの賊の者に勘付かれないよう、足音を忍ばせ、息も殺して慎重に廊下を進んだ。
 最初に賊の者に遭ったのは廊下の曲がり角で、そこには大振りの剣を持った強面の男が二人いた。暇潰しにだろう、何やら雑談していたらしい彼らは、ふと思い立ったように角の向こうから顔を覗かせた。すぐにこちらに気付き、たちまち眦を吊り上げて、腰に下げていた剣を抜いて襲い掛かってこようとしたが、それは叶わなかった。それより先にヴィーが動くのが早かったからだ。ヴィーは床を強く蹴って一気に距離を詰めて彼らの元へと駆け寄るや否や、黒い刀を抜きざま、一度に二人を斬って伸した。
 二人とも、ヴィーより一回り、いや、二回りも大きな身体だったので、彼らが倒れる音は重く響いた。
 ヴィーはすぐに角のこちら側へと身を潜め、オリヴィアに近くに来るよう促し、それから角のすぐ向こうにある階段の方へと注意を向けた。階段の上にも見張りとして賊の者がいるはずだと警戒してのことだろう。
 それは当たり、階段の上から「おい、どうかしたのか?」と怪訝そうな太い声と共に一人の男が降りてきた。今度は痩せぎすの男だった。彼は床に血を流して倒れている二人の仲間を見つけると驚いた様子で駆け降り、「何があった?」と階段の前で倒れていた方の男を抱き起こそうとしたが、その首元に突きつけられたものがあった。言うまでもなく黒い刀――ヴィーの刀だった。
 激しい驚きの表情を浮かべた痩せぎすの男は人形のようにぎこちない動きでヴィーの方へと視線を遣った。そんな彼に、「悪いな」と、ほんの少しも罪悪感を覚えていない棒読みの口調で言ってから、ヴィーはその男も斬った。
 最初の二人の男の上に雪崩れ込むようにして倒れた痩せぎすの男を振り返ることもなく、ヴィーとオリヴィアは階段を駆け上った。
 先程の痩せぎすの男の声が二階まで届いたのだろう、どこにこれだけの数が隠れていたのかと思うほどの――いや、あるいは隠れてなどいなかったかもしれないが、とにもかくにも、信じ難いほどの大勢の賊の者がわらわらと、それぞれ武器を手に待ち構えていた。廊下に犇めくようにして敵意をむき出しにしている彼らを見てオリヴィアは怯んだが、ヴィーは怯みもたじろぎもせず、呆れたようにひとつ息をついただけだった。
「王の寝室は」
 振り返らずにそう尋ねたヴィーに、オリヴィアは廊下の奥にある、その輪郭沿いに鋲が打ち込まれた紅い大きな扉を指で指し示しながら、僅かに震える声で返した。
「あの向こうの大きな扉がそうです」
「分かった。――離れるなよ」
 はい、と頷く前にもうヴィーは動き出していた。
 その時の感情を、オリヴィアは長らく時間が経っても忘れることはなかった。
 ヴィーは一階の廊下に出た時と同様に相手の方へと駆け出し、相手の懐に踏み込むや否やその相手を斬り倒していく。何とも単純な動きの連続で、ひたすらにその繰り返しだったが、単純だからこそ、オリヴィアはヴィーに目を奪われた。まるで踊り子が踊るようにしなやかなその動きは無駄がなく、隙もなかった。賊の者達は反撃どころか、ヴィーに一矢すら報いることも出来ずに次々と斬り倒されていった。
 圧倒的だった。
 ヴィーのその圧倒的なほどの強さにのまれ、見惚れながらも、傍を離れるなという忠告も忘れず、オリヴィアは忠実に彼の後へと、引き離されないようについていった。後ろにはいつぞや見たものと同じ――死屍累々といわんばかりに、ヴィーに斬り倒された賊の者達がそこここに倒れている光景があったが、前と違うのは、それらが遺体ではないことだ。
 王宮に忍び込む前にオリヴィアがヴィーにした「お願い」だった。オリヴィアはヴィーに、もし賊の者と遭遇したとしても殺さないで欲しいと言ったのだった。それはひとえにオリヴィアが自分のせいで命を落とす者があって欲しくないからだ。偽善だと言われてもそれがオリヴィアの本心だから覆す気はなかった。しかしヴィーは偽善だとも何も言わず、ただ「分かった」と承諾してくれた。ここが彼の縄張りではないからかもしれなかったが、どんな理由であれ、承諾してくれたことは有り難かった。
 最後に立ちはだかっていた、とても大きな斧を持っていたとびきり大きな男も、ヴィーは斬り倒し、王の寝室までに至る全ての障害をなくした。
 少し遅れてヴィーの傍に寄ったオリヴィアは、王の寝室の扉を見上げ、この向こうに自分を恐れさせた手紙の主がいるのかと、更に緊張に身を強張らせた。緊張だけでなく恐怖心もあったかもしれない。
 傍目から見てもかなりの緊張に襲われていると知れる彼女に、ヴィーは一瞥と共に言った。
「行くぞ」
「はい」
 オリヴィアが強い意志を込めた口調で返したのを合図のようにして、ヴィーは無造作に扉に刀を握っていない方の手と片足を置くと、身体中の体重をかけて、微塵の躊躇いもなく、勢いよく押し開いた。
 派手な音を立てて開かれた扉にオリヴィアは思わず首を竦めたが、部屋の中にいる者達はオリヴィア以上にもっと驚いたことだろう。何しろ、賊に乗っ取られていた王宮に、突然侵入者が現れたのだから。
 数歩足を進めて部屋の中に入ったヴィーの肩越しに部屋の中を見回したオリヴィアは桜色の目を大きく見開いた。
 部屋の中には、部屋の主でありオリヴィアの父でもある王と、その息子でありオリヴィアの兄でもある三人の王子が、中央にある寝台に四人揃って寝込んでいるのが見えた。四人ともぐったりとした様子で顔色も悪く、顔に浮かぶ、にきびのような紫色の斑点も消えていない。寝台の傍には彼ら付きの従者が数人、椅子に座って控えている。彼らの顔は総じて青褪めており、寝台にいる四人とどちらが病人なのか分からない様子だった。更にその後ろ――壁際に鎮座するようにして置かれている長椅子に、左右に賊と知れる男を一人ずつ侍らせて、一人の男が悠然と座っている。
 その男は胸と腰の中間ほどまで伸びた見事な金の髪に、髪と同色の長い睫毛が影を落とす、紫色の瞳を有していた。人形のように整った顔立ちはいかにも育ちの良さを思わせた。着ているのは貴族らしい服装で、とても賊の者を従えるような野蛮な男には見えない。だがどこか、爬虫類のような、ねっとりとした空気も仄かに纏っており、それがオリヴィアにますます緊張をもたらした。
 驚いたように見開いた紫の目をこちらに向けた彼は、オリヴィアの姿を捉えると、破顔した。
「オリヴィア姫ではないですか。漸く会えましたね」
 朗らかに言われて、オリヴィアは身体中からどっと冷や汗が出るのを感じた。同時に声が喉の奥で凍りつき、どんな言葉も紡げなくなる。
 彼こそが王宮を襲った賊の首謀者であり、オリヴィアに執拗に手紙を送った相手――ガワフ・クモンディだと知れた。

拍手

PR
 back   home   next 
  
  

   admin/write
カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
17 18 19 20 21
23 24 25 26 27 28 29
30 31
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
小月 静夜
性別:
非公開
趣味:
読書、物書き、落書き、猫と戯れること
自己紹介:
オリジナル小説サイト「小鳥は森に歌う」の管理人。
バーコード
ブログ内検索
P R

Template by hx
忍者ブログ [PR]