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漆黒の君(6)
2011.08.21
 王の寝室にいた賊の者達はざっと十数人で、彼らはオリヴィアとヴィーが来たことが予想外だったのだろう、驚いた様子だったが、すぐにそれぞれの武器を手に構えた。彼らが気色ばんだことに対して、寝台を囲むようにして控えている従者達は一様に怯えたように身を竦ませて、互いに身を寄せ合った。
 そんな彼らを宥める声があった。
「こら、お前達、よしなさい。姫を怯えさせてどうする」
 ガワフだった。
 長椅子に悠然と腰を下ろしていた彼のその言葉に、気色ばんだ賊の者達は怒気を引っ込めたが、本当に引っ込めたわけではなく、もしこちらが彼らの怒りを買うような真似をすれば、たちまち毒牙を向けてくるだろう。二対多数という、こちらが不利であちらが有利なこの状況もあるかもしれなかった。
 満足そうにひとつ頷くと、ガワフは長椅子から腰を上げて立ち上がり、優雅に一礼して見せた。
「初めまして、オリヴィア王女。わたしがガワフ・クモンディ。中々よいお返事を下さらないので、業を煮やして会いに来てしまいました」
 声も口調も顔もにこやかなものだが、それだけに彼が恐ろしく感じられて、オリヴィアはあまりの恐怖に身体が震えそうになった。そんな彼女の様子を察したのか、ヴィーが先程と変わらない無表情のまま――いや、呆れを滲ませた無表情のまま、猫のようにするりとオリヴィアの前に立ち、彼女の視界にガワフが映らないようにした。
 オリヴィアを庇うように立ったヴィーに、初めて気付いたかのようにガワフは瞬いたかと思うと、実に不愉快そうに顔を歪めた。
「お前は誰だい? そういえば、ここに来る途中にも仲間がいたはずだけど、彼らをどうしたのかな?」
「斬った」
 ガワフのその問いかけにヴィーは淡々とした口調で簡潔に答え、それを聞いた賊の者達が再度怒りを剥き出しにしそうになり、それを抑えるために――というわけではないだろうが、ヴィーは言葉を継いだ。
「安心しろ。命までは取っていない」
 ヴィーのその言葉に、だが賊の者達の怒りが和らぐわけもなく、寧ろ先程より増した彼らの怒気を敏感に感じたオリヴィアや従者達は明らかに顔色をなくした。しかし、賊の者達とは対照的に、ガワフはさほど怒りを煽られなかったようで、僅かに顔を顰めただけだった。とはいえ、不愉快に変わりはないらしく、声に不快そうな感情を滲ませた。
「そう。姫に害虫のようにくっついてきたのは不愉快だけど、姫を連れて来てくれたことには感謝しないといけないね。まさか、姫が無法地帯に入るとは思わなかったから」
 やはりオリヴィアがヴィー達のいる無法地帯のある旅路を選んだことはあちらにとって不足のことだったのだと知り、オリヴィアはヴィーの後ろで服の裾を掴む手に力を込めた。もしオリヴィアがヴィー達のいる無法地帯のある旅路を選ばなければ、王家が襲われることもなかったかもしれないからだ。
 だが、オリヴィアが安全な旅路を選んだとしても、その旅路の途中で、王家やオリヴィアが避難していた先を襲った病を広められる危険もあった。結局はどの旅路を選んでも、オリヴィアが追い詰められることには変わりなかったのだろう。
 ヴィーもオリヴィアと同じことを考えたようで、その無表情が、呆れと嫌悪が綯い交ぜになった表情に変わる。
「よく言う。どの旅路を選んでも、お前は結局、オリヴィアを追い詰めるだけだろうが」
 ガワフの顔が更に歪められた。
「どうして姫の名前を軽々しく呼ぶんだい? 無法者のくせに」
「お前のような臆病で卑怯者よりはましだと自負しているよ」
 侮辱された怒りにだろう、こめかみに青筋を浮き上がらせたガワフは、怒りに駆られるままに腰に下げていた長剣を抜くと、そのまま寝台に向かって何の躊躇いもなく突き刺した。ガワフが長剣を突き刺した先には、オリヴィアの一番上の兄であるケヴィンが寝ており、彼の左肩を貫通した。
「ケヴィン兄上!」
 咄嗟に駆け寄ろうとしたオリヴィアをヴィーが刀を持っていない方の腕を伸ばして止めた。
 寝ているところに左肩を突き刺されたケヴィンは悲鳴と共に身体を跳ねさせ、オリヴィアと同じ桜色の瞳を大きく見開き、脂汗をその顔に浮かべながらもガワフを強く睨みつけた。だがすぐに視界の隅にオリヴィアとヴィーの姿が映ったらしく、その顔が緩慢な動きでこちらに向けられ、オリヴィアを捉えたその瞳が驚きに大きく見開かれた。
「ノラ……? 帰ってきてたのか……」
 久し振りに妹の顔を見たケヴィンはしかし、すぐに険しい表情をその顔に浮かべた。
「早く逃げなさい。奴の狙いはお前なんだ、わたし達のことはいいから――」
 ケヴィンの言葉は最後まで続かなかった。ガワフがケヴィンの左肩に突き刺した剣を、突き刺したまま、ぐりぐりと動かしたのだ。肉を抉られる激痛にケヴィンはたまらず絶叫し、その絶叫に従者達は堪えられないというように両耳を抑え、あるいは顔を背け、ガワフの仲間であるはずの賊の者達の中にも、顔から血の気を引かせる者もいた。
 兄が痛めつけられる光景に、オリヴィアも思わず叫んだ。
「おやめ下さい! お願いです、そのような酷いことは――」
「ではわたしと結婚して下さいますね?」
 つい今しがたまでの不機嫌そうな顔とは打って変わって、贈り物を心待ちにする子供のように期待に満ちた表情を浮かべたガワフに、オリヴィアは言葉に窮して口を閉ざした。
 ガワフとは――家族や親しい者を平気で傷つけられるような者とは結婚したくはない。だけでなく、彼との結婚はこの国に何の利益ももたらさない。オリヴィアは一人の人間である前に、この国の王女でもある。国抜きに何かしらの決断をするなどできない。
 しかし、それを言えば、更に家族が酷い目に遭わされることは目に見えているし、それに、そんな常識がガワフに通じるはずもないのも分かり切っている。何しろ、毒入りの瓶や斧を送ってきたり、家族や親しい者を病に陥れたりするような男だ。そんな相手にどれだけ常識を説いても無駄に終わるだろう。
 苦渋のあまり唇を強く噛み締めるオリヴィアを腕の後ろにやったままのヴィーが尋ねた。
「どうしてこいつに執着する?」
 オリヴィアでなくヴィーが口を開いたことに不快そうに眉を寄せたガワフだが、投げかけられた質問の内容に、何を聞くんだといわんばかりに、小馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らした。
「恋に理由はないだろう?」
 厄介な男に惚れられたのだと知ったオリヴィアは今度こそ恐怖に身を震わせた。
 ヴィーは少しの間黙り込んだが、すぐにまた口を開いた。
「質問を変えよう。お前はどうしてこんな手の込んだ真似をする? 相手に姿も見せず、一方的に想いだけを送るのはとても利口とは思えんが」
 ガワフは嫌なことを聞いたというように頭を振った。
「ああ嫌だ嫌だ。これだから馬鹿は嫌いなんだよ。仕方ない、いいだろう、最後だから教えてやろう」
 それからガワフは自信満々と言った様子で胸を張った。
「そもそもこの世界は間違っているんだ。わたしが幸せになれば世界も幸せになれる。わたしが幸せにならない限り、世界は幸せにならないんだよ」
 それはとても歪んだ理由だったが、ガワフは心底からそれを信じ切っている様子だった。
「……オリヴィアに求婚したのは、オリヴィアならお前を幸せにできると思ったからか?」
 得たりとガワフが頷いた。
「そうだよ。姫はわたしと結婚するべきなんだ。そうすればわたしは幸せになれるし、世界も幸せになれる」
「そのために踏み躙られる者達がいることを何とも思わないのか」
 ヴィーのその問いかけに、ガワフはきょとんとしたようだった。
「何を言うんだい。世界が幸せになれることを喜ばない者なんていないだろう?」
 つまりは何とも思っていないということだ。いや、もしかすると、ガワフは彼のその歪んだ信念のために、犠牲になる者は、世界の幸せに奉仕できるのだから、犠牲になっても当然だと思っているのかもしれなかった。
 自分以外の者達をまるきり人間扱いしていないガワフにオリヴィアだけでなくヴィーも何かしら感じたようで、刀を握る手が震えるのをオリヴィアは目の当たりにした。それを見るともう、オリヴィアは我慢が出来なくなった。
 元々オリヴィアは争いを好まない、至って温和な性格だが、その分、一度歯止めが利かなくなると暴走しがちになるという欠点もある。
 この時もまさにそうで、歯を強く噛み締めながら、オリヴィアは生来の能力を発動させようと念じようとしたが、それを感じ取ったらしいヴィーが鋭い声で制止した。
「よせ、オリヴィア」
 こちらを振り向かずにそう言ったヴィーに、なぜ、とオリヴィアは視線だけで問うた。
「お前のそれはお前の寿命を削るんだろう」
 図星を衝かれてオリヴィアは息を呑んだ。
 三日前に知り合ったばかりの彼がどうしてオリヴィアの能力の最大の弱点を知っているのか。
 オリヴィアの能力――カタンシェ家の者ならば誰にも多少備わっている能力だが――は、植物を自在に操ることができるというものだ。例えば花を咲かせることもできるし、木を急成長させることもできる。その逆――枯らせることも然りだ。しかし、それには相応の代償を支払わなければならない。オリヴィアの場合、その代償は彼女自身の寿命だ。能力を発動させる対象が大きければ大きいほど、オリヴィアの削られる寿命も長くなる。
「お前のその能力は驚くに足るものだが、自己犠牲には変わりない。控えろ」
 どうして、というオリヴィアの疑問には答えずにそう言ったヴィーの言葉で、ガワフもオリヴィアが何をするつもりだったのかを察したらしい。呆れたように、大袈裟なほどに肩を竦めてみせた。
「まさか、急成長させた木でわたし達を押し潰そうとしたのではないでしょうね、姫」
「そのまさかだろう。それほどまでにお前はオリヴィアを追い詰めたということも、その鳥頭で理解できるといいんだが」
 またもオリヴィアでなくヴィーに言われたからだろう、ガワフは再度剣を動かし、ケヴィンに悲鳴を上げさせた。
「口を慎め。これ以上犠牲を出したくないだろう。ああそれと、刀も捨てて貰おうか」
 鬼と見紛うほどに醜く顔を歪めたガワフに、オリヴィアは震える手でヴィーの袖をそっと引いた。これ以上ガワフを刺激するのはやめて欲しいというオリヴィアの言葉ならぬ懇願を汲み取ったのだろう、ヴィーは仕方がないというように溜め息を一つ落とすと、あっさりと刀を手放した。軽く放り投げられた黒刀は鈍い音を立てて床を転がり、やがて摩擦で止まった。
 それを見て少しは機嫌が直ったのか、ガワフは歪めていた顔を幾らか和らげると、ふと思いついたように付け足した。
「そうだ、お前、その顔のバンダナをとりなさい。醜い顔を見るのは好きではないが、隠されると気になるのでね」
 剣を握っていない方の手でヴィーの顔にあるバンダナを差しながらそう言ったガワフに、ヴィーは奇妙な反応を示した。失くしていた鍵を示されたような、ともかく意外なことを言われたというように、瞬きを繰り返した後、正気を測るかのように真面目な声で聞き返したのだ。
「いいのか?」
 ガワフは苛だったような声でなおも促した。
「いいも何も、お前は今手ぶらだろう? 手ぶらで何ができるというんだい?」
「……いいなら、構わんが」
 言いながら、ヴィーはバンダナに無造作に手をかけて解いていった。
 するするとバンダナがほどけていき、やがて見えてきたのは、ガワフが予想していただろう火傷や傷などの痕ではなく、何もなかった。ただ、目の色が右とは異なっていた。露になった左目は、黒い右目とは違い、明るい空を思わせる、透き通るような水色を有していた。
 その右目を見てオリヴィアは大きく息を呑んだ。綺麗だと思ったからではない。綺麗だと思ったが、もっと他に驚くべき理由があった。
 ガワフはオリヴィアより反応が著しかった。
「お前、その目――!」
 ガワフは信じ難いものを――あり得ないものを見たというように大声を上げた。
「その目、まさか、〈真実の目《ハインベル》〉か!?」

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